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第三章【ミカギ島】 2

◆Useful Days ~陽炎のファロ~  第三章 PART2――碧の洞窟


「よくやった。頃合いを見て直ちに撤収しろ。何かあればすぐに連絡をよこせ」

 "了解"の声を確かに聞き届けた後で、ホカゲはポケナビの通信を切った。
 人気の無い閑散とした海水浴場。先日海水浴客の代わりに獰猛なサメハダー達が遊泳していた時から、未だ警戒状態なのだろうか。まるでそこだけが季節に置いて行かれているかの様だ。柵越しに下を見下ろしながら、ホカゲは持ってきた缶コーヒーの蓋を開けた。
 状況はあの時と何一つ変わっていない。目に映すだけで、記憶がそのまま映像にすらなる。それは勝手に組織の印を背負い行動に出ていた部下、ファロをここで助け出した時の事……否、違う。正確には、あの日単独でアクア団の動向を探っていた時の事だ。
 乾いた喉を潤しつつ砂浜から磯辺へ、ホカゲは視線を滑らせた。どうやら暫らく人の手が入っていないらしく、波打ち際を縁取るサイコソーダの空き瓶やら壊れたモンスターボール等がやたらと目に付く。
 そういえば、とホカゲはある事を思い出した。このモリア海岸のもう一つの名。それを知ったのは、つい先日下調べをしていた時の話だ。通称、『フィオネのおもちゃ箱』。
 潮の流れと地形により、種は問わず様々な物が流れ込むこの近海には、通例では珍しい海洋ポケモン、フィオネがごく偶に姿を現すと言う。そして、数多の漂流物はそのフィオネが持って来ては後で遊ぶ為に隠し置いて行くのだ、と。そんな噂が、地元の人々の間では語り継がれているらしい。
 フィオネが絡んでいるかどうかはともかくとして、先日もこの水面にある物が迷い込んだ。それは廃棄物に分類される物でも、何かの破片や欠片、海底から運ばれてきた物でも無い。人の手により、揺り籠へ収められたポケモンの卵。
 砂浜へ打ち上げられる事は無く、それは海の上――当時アクア団に飼い慣らされたサメハダー達がせしめていた――に浮かんでいた。加えて、あの前夜ここの気候が大荒れだった事はもう確認している。
 元々アクア団から流れ出した物であるからサメハダーが逆に守っていたのか、はたまたそれ自体の特殊な力が他を寄せ付けなかったのが所以か。いつから放流されていたのかは知らないが、あれだけ危険な状況下にあっても、それでも卵は拾われるまで無事で在り続けたのだ。
 あの卵殻内で今も蠢く命が常軌を逸している可能性は、精密検査に掛ける前から薄々感じてはいたが、案の定。やはり、普通ではなかった。
 仏頂面でコーヒーを啜っていたその顔が、悪巧みで満ちた。

「ったくフィオネ……じゃねえな。ファロの奴、とんでもねぇおもちゃを"二つ"も拾ってきやがって」

 奇遇にも程がある、とせせら笑う。しかし、直後ホカゲは急にその不敵な相好をしまい込んだ。

「奇遇……だよな」

 誰に対するものかも分からない質問、或いは独り言とも取れるそれは、細波の音に掻き消された。
 束の間、再びポケナビが鳴動する。受話した頃には、一時前の憂色は嘘の様に消え去っていた。




 
 

 蒼白く目映い光に包まれたライボルトに導かれ、エンは一段一段慎重に、だが素早く降りて行く。ファロと、少し遅れてホタルもそれに続いた。
 島の裏手から地下へと続く狭い洞窟内には、一昔前に観光名所として賑わった名残だろうか。木板を埋め込む様にして作られた階段が続いていた。
 だがその木の板も潮による腐食が進み、いつ砕け落ちるか知れたものでは無い様相。しかし先が分からない上、空間のゆとりが無いこの場所で飛行ポケモンを呼び出すのは余計なリスクを伴ってしまう。
 どうあっても目的地までは細心の注意を払いながら木板を踏みしだいて行く他無かった。

「あーもう、外でジリジリ照りつけられんのよりはマシだけど、日陰でジメジメしてんのもやぁね~」
「……同感」

 ホタルの嘆きに同調しつつ、ファロは無意味と分かっていながらも手団扇で煽いだ。
 生温かい湿気と潮気。焼け付く日差しからは解放されたが、ここにはそれが充満している。恐らく、肌を包む不快な感覚だけはより一層酷くなっているのではないだろうか。
 入口の方から吹き抜ける涼しげな風だけが暑さを忘れさせてくれたが、それも一時的なもの。装束は赤く鮮やかに乾いているというのに、目を瞑れば水浸しになっているかのような錯覚を覚えた。行動隊向きに誂えられたこの装束は中々通気性に優れている方ではあるが、だとしても限界はあるものだ。結わきもせず長髪のホタルは真っ先にフードを外しているが、例え結わいていても周囲の環境がずっと変わらなければ同じこと。

「あたしもまだ取っとこうかな」

 ファロもフードを脱ぎ、一息吐いた。
 傾斜は大分緩やかになって来たが、一歩踏み違えれば滑り落ちそうな階段はいつまで続くのだろう。とうに引き上げたか、或いはこの奥で未だ悪計に臨んでいるのか。島の外部では出くわさなかったアクア団の姿が脳裏にちらつく。否、彼らどころか、今は野生ポケモンの襲撃ですら緊急事態に陥るかもしれない。何処か遠くから無数に響くズバットの鳴き声は、脳裏だけの話ではなかった。

「なんかまさにお先真っ暗って感じだけど、ここずっと下って行って本当に大丈夫なのよね? 」

 ファロは無意識にボールに手を掛け、呟いた。
 段々と暗さを増し見え辛くなっていく眼下を見ると、どうしてもそう尋ねずにはいられない。こんな自分達にとっては悪過ぎる環境を、罠や待ち伏せに利用しない手は無い。自分がアクア団ならそう考えるからだ。

「平気だって。昔話でも地下へずーっと続いてく洞窟の先にはちゃんと"黄泉の国"があるっていうし、何があってもそのままいく事はできるさ」
「そ、それのどこに平気な要素があるっての……。ていうか今の、シャレのつもりなら笑えないわよ」

 エンは手をひらひらと振り、冗談だと笑う。

「隊長によると、この先にだだっ広い鍾乳洞が広がってるって話だ。先頭が『ボルニカ』なら何があっても出遅れたりはしないだろうし、気は緩めずとっとと降り切っちまえばいいんさ」
「だってさ。頑張ってね、ボルニカ!」

 ホタルのライボルト――『ボルニカ』は自信満々に電光を瞬かせ、その足を速めた。暑さは人間もポケモンも同じ。特に"フラッシュ"を使っているボルニカは余計に熱を篭らせているだろうに、疲弊している様子は微塵も無い。
 後れをとっていてはいけない。ファロは杞憂を振り切り、先に待つ物を思い浮かべる事にした。

(鍾乳洞ねぇ……)

 どれだけ広いのかは知らないが、島の外観から察するに少なくとも想像したくらいはありそうだ。そういった場所の奥地に居を構える、主と呼ぶべき屈強な存在がいるのは、わりと珍しい話でもない。先刻聞いた竜の様な影を持つというポケモンが、思考を過ぎった。もしそれが現れた場合の心の準備も、出来るのは今の内だ。

「そうそう、 例の竜みたいなポケモンもいたりしたら」
「そうなったらファロ姉に捕獲してもらおう!」

 まるで予測していた様に素早く返ってきたのは、ホタルの茶茶だった。

「ちょっと、馬鹿言わないでよ。あたしポチエナくらいしか」
「そしたら今度こそ幹部昇進かもなー」
「エンまで……」

 冗談のつもりでは無かったが、いつもはストッパーであるエンまでも便乗してしまったこの状況。トリオでの経験上、こうなってしまえば軌道修正は難しい。ファロは呆れて溜息を吐いた。

「ああ、でも今はまだ総帥と喧嘩中なんだっけか?」

 それを聞いた瞬間、ファロの表情は一転して強張った。しかし列の間に挟まれている為、その変化に前を向く二人が気付くことはできない。

「まったく面白い話だよな。下っ端が組織のボスと睨み合いなんて」

 無意識に両の手が固く握り締められるのを感じた。そしてその瞬間には……

「その事は言わないでって言ったじゃないっ!」
「……!」

 吐き出してしまってから、ファロは己の声と剣幕にたじろいだ。二人が見事に次の句を断たれたのを見て、思いの外大きな声を上げてしまったのだと二重に気付かされる。

「ご、ごめん」
「あ、あぁいや。……てか、こっちこそ悪かった」

 今度はホタルさえも黙ってしまい、ファロは言葉に窮した。一体何を言ったらいいのか、とそう考えた所で、首尾良くそもそも言おうとしていた事が口先に戻ってきた。

「そ、そう。だから……空のモンスターボールも無いし、冗談言ってないでそうなったらとっとと逃げるんだよ? 二人とも」
「あぁ、ま、何が起きても我ら奇襲の第三行隊、緊急離脱もお任せあれってな……ん?」

 調子を合わせて手を振り上げたまま、エンは急に立ち止まった。ファロが声を掛けると、エンは振り返り様に静止のサインを出す。もう片方の手は、耳に添えられていた。

「なんか水の音しないか?」
「何言ってんの、ここ海の中だよ?」
「そういうんじゃなくてな。なんか滝……ないし、こう湧いてるみたいな」
「あ、ホントだ」

 耳を澄ますと、微かな音を確かに聞いた。ホタルの言うとおり周囲が海中なのだから水の音がするのは当たり前だが、それは海流がたゆたう音でも、波が岩盤に打ち寄せる音でもない。滝と呼ぶには小さく、湧水と呼ぶには大きい。断続的に降り注いでいる、或いは湧き出でているかの様な水音だった。

「ライッ!」

 突如先導役のボルニカが階段を蹴り、飛び降りた。着地したその足元に、傾斜の無い平坦な地面が照らし出される。

「おっと気をつけろ、階段はここまでみたいだ……って。……おーよく響くなぁ」

 エンは、幾重にも反響する自分の声に気付き、感嘆の声を漏らす。これならもう万が一滑り落ちても大した事にはならないだろう。ホタルもファロも段飛ばしに階段を降り、その後を追った。
 さっきまでボルニカがいた場所へ降り立った瞬間、まるで部屋が変わった様にひんやりと冷涼な空気が頬を撫でる。ホタルは歓喜の声を上げ、水を与えられたコイキングの様に俊敏さを取り戻した。

「しかも涼しいっ! 仕事場だけ冷房きいてるなんて最高じゃん……ってうっわすっごい響く! やっほ~っ!」

 地下階段の終着点。微小な声ですらもエコーが掛かるここはもう、話に聞く鍾乳洞だった。

「あーあ……あいつ、絶対余裕と油断置いてきてないぞ」
「あはは、まったく。まぁ、ホタルはいつもいざ敵襲となればすぐ切り替わるから大丈夫でしょ。余裕と油断と一緒に警戒心も置いてきてんのは問題だけどね」

 一体どれ程の広さなのかと頭上を見上げたファロは、こちらもまた思わず息を呑む。

「すごい……こんなのが、自然にできるんだ」
 
 ボルニカの蒼白い"フラッシュ"と、壁として積み重なる岩岩の隙間から差し込む僅かな光。それらによってライトアップされた空洞内に映し出されたのは、所によって絹布の様に滑らかに波打つ石灰壁。櫛の歯の様に上からも下からも伸びる鍾乳石など、普段はお目に掛かれない珍奇な景観だった。
 だがこうした洞窟の風景ならば、以前にも何度か見た事がある。ファロが何よりも目を奪われたのは、差し込む光を反射し無機質な洞窟内を彩る蒼い輝き。その根源たる透き通った海水を辿ると、先程聞いた音へ着いた。連なる岩峰の表面を緩やかに流れ落ちる、幾多の小滝。統合して壮大なそれはまさにホウエンの代名詞、"自然の美"だ。これにはアクア団に敵対する者ながら深く感じ入るものがある。否、流石にあっても仕方が無いだろう。
 しかし、どこを見ても率直な感嘆詞しか浮かばない事に、ファロは些か違和感も感じた。ここには一つだけ……否、一つくらいはあってもいい物が一切見当たらない。

「なんか野生の気配すらもない気がするけど、どうする? ファロ」

 エンに声を掛けられ、ファロは弾かれた様に視線を戻した。
 言われてみれば彼の挙げたものも足らない。自然と共生し、共存関係にあるポケモン達の姿がまったく見えなかった。しかし、それならまだ理由に見当が付く。

「野生ポケモンは、きっとまだ先日の件で人間を警戒してるんだと思う。アクアもしばらく見張りを付けてたみたいだし」
「そういやさっきズバットの鳴き声もしたし、やっぱどっかに隠れてんのか。まぁ、こっちとしちゃその方が好都合だけども」
「そうだね」

 マグマ団がこうしたポケモン達の住処で実験やら捕獲行動を行い、その領域を荒らす時も然り。
 野生のポケモン達は当分の間、人間に対して強い警戒心を持ち、影を潜める。或いは、牙を剥き出し襲ってくる事もある。ここのポケモン達はどちらかと言えば穏便を好む者達の様で、ファロは一先ず安堵した。牙を立てられれば牙を以て迎え撃つしか無いが、意味も無くポケモンを傷つけるのは出来ることならば避けたいものだ。

「大きな竜のポケモンだってそんなのここにいたらすぐわかるし、現時点では警戒する必要も無さそうね。ボルニカも落ち着いてるし。でも……」

 ファロは、今立っている地面を囲う様に揺れる水面を鋭く一瞥した。浅く透明度の高いその海中に隠れる事ができるとすれば、"とける"を修得したポケモンくらいだろう。しかし、日が当らずここからでは死角となっている岩陰や、水深のある所では分からない。

「水中に潜んでいるってこともあり得る。アクアの中にもダイビングで潜伏する奴らがいるし、念の為『ナズリー』に水中偵察してもらおう」
「なら水中にも何か沈んでるかもしれないし、それも見てきてもらうとか」
「オッケー。おいで、ナズリー!」

 ホタルはボールを一つ手に取り近くの水面に向けて放つ。現れたナマズン、『ナズリー』はホタルの言葉に耳を傾けると、すぐに水中へ潜って行った。

「さーて」

 エンは肩に下げていたショルダーバッグを下ろし、中から小型のコンピューターやら手の平に収まる大きさのレーダー――何れもレッドカラーで、黒いマグマのシンボルが耀いている――を取り出した。更に取ってが長く、先端に輪の付いた機械を二つ。それを見るなり、ホタルは目を輝かせた。

「そのお玉みたいなのが探知機だったっけ? アタシそれやりたい」

 エンが何か答える前に、探知機の内一つはホタルの手に渡って行った。

「やりたいってお前……おもちゃじゃないんだぞ? それにボルニカに近づけると誤作動起こすから」
「え~平気だよぉ。ボルニカに近づかないよう気を付ければいいんじゃんっ!」

 ホタルは探知機をお玉の様に揺らして眺め、離しそうにない。エンは困り果てた目線をファロに送った。
 
「あはは、まぁいいじゃないの。ホタルだって発信機や模擬装置は動かしたことあるし、それにエンがサポートに付いてあげれば問題無いんじゃない?」
「俺に子守りをしろって」
「しーッ」

 まだ電源の入らない探知機のボタンを押したり、地面に翳してみたり。幸いにも別の事に興味を惹かれている彼女本人に、その禁句は届いていなかった。
 余計に不安になったのか溜息を吐き、だがエンは再び装置の準備に取り掛かる。それを横目に、ファロは腰のホルダーからボールを一つ手に取った。

「探知機は二人分しか入ってなかったし、要するにあと一人は見張り役ってことよね」
「隊長からの追加司令も今の所無いし、通常通りならそういう事んなるな」

 エンの言葉が終わる前に赤い閃光が迸り、ファロの肩に極彩色の小鳥ポケモンが現れた。あの足場も視界も悪い階段を零距離にしてくれる心強い味方、ナスカだ。

「それじゃ、こっちは頼んだわよ」
「ああ、かしこまった」

 エンは目線を操作盤から逸らさずに、親指を立ててみせた。
 ファロはフードを片手で被りながら軽快に駆け出した。目指すは、外の景色をナスカに見せる事ができる場所。大分高さがあるが一番近い所で、天窓と呼ぶには狭い光漏れ出す亀裂が視界に入った。気をつけなければ足首を捻挫しかねない様な岩石を足場に易々と駆け上がり、あっという間に亀裂の目の前まで到達する。間近で見ても、やはりこの隙間を通るのは無理がありそうだ。
 ファロは、肩の小さな相棒に呼び掛けた。


 下からずっと目で追っていたホタルは、思わず探知機を余所に感嘆の息を漏らした。

「ほぉー、ファロ姉ってばやっぱすごいや。忍者みたい!」
「何言ってんさ、あのくらいで。いつももっとやばい事しでかしてんだろうに」

 エンが乾いた笑みを浮かべたちょうどその時、その傍らで彼のポケナビが震動した。
 液晶パネルに表示される名前を確認すると、エンはすぐさまファロの姿を目で追う。しかし、つい今の今まで見えていたその背姿は、既に忽然と消えてしまっていた。




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