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第三章【ミカギ島】 1

◆Useful Days ~陽炎のファロ~  第三章 PART1――水底の夢


                     
 ぶくりぶくりと、何かの音が湧き出だす。
 眼下には、ただ黒と表現するだけでは物足りない程の深く濃い闇。その深淵には、最果てが存在するのかどうかすらも分からない。一方頭上を仰ぎ見ると緑青の光が広がっているが、それすらも仄暗く霞掛かっている。そこはまるで、話に聞く海の底だった。
 熱や光、陸に生きる全ての命。この世の"陽"に属する全てを余す事無く拒絶し、無へと帰す。海は命を育むと言うが、ここはそんな真逆の印象を覚えた。
 完全無音の空間に、ただただ昇って行く気泡の音だけが引っ切り無しに谺(こだま)する。
 どういうわけか自分の呼吸器官からは気泡は一つも上がって行かず、それでもまったく苦しさは無い。まるで死んでいる様だ。ただ漠然と、そう思った。

――――……だよ

 泡(あぶく)の音に混じり、微かに何か聞こえた。

――――大丈夫だよ。

 もう一度、今度はより鮮明に。水の中のはずなのに、というのも今更な疑問だ。声の出所を探し端から端まで巡る両眼も、まるで防護膜が貼られているかの様に精度を保っているのだから。
 結局声の主を探す事はできず、ただ暗黒の地から、仄暗い天から同じ声が聞こえる。幼い少女の、光の様に明るい声が。

――――大丈夫だよ。ヘイズちゃんは、ここにいるよ。あの子も……

 "ヘイズ?" 口だけは動いたが、それは声にならない。"あなたは誰?"、"ここはどこ?"、"あの子って?"。全ての言葉が暗闇に飲み込まれて消えて行く。
 もう自分が本当にそこに在るのかすらも曖昧になり、何も分からなくなっていた。なんでもいい。ただ、自分の聞きたい事をなんでもいいから教えて欲しい。

――――あの子もきっと、大丈夫。

 少女の声は最後にそう言った。そして言葉が終わると共に、静寂にも唐突な終わりが訪れた。



「ん?」

 楕円形の窓からくすんだ橙色の光が差し込む。ゆっくりともう片方の目も見開き、窓は一つの立体的な景色となった。その景色と言うのもまた四角い窓枠に切り取られており、その中で険しい断崖と黎明の空が左右にスクロールしていく。
 着座していながら体を突き揺らす震動に、何故眠っていられたのか不思議になるくらいの耳障りなエンジン音。ようやく全感覚がまともに機能し、ファロはここがバスの中である事を思い出した。
 
「夢……?」

 自問するまでも無く、あれは夢――だが、今までまったく見た事の無い様な、嫌にリアルで不思議な感覚の夢だった。
 夢の中で一体どういう場所にいたのかはもう朧になっているが、それでもとても閑寂としていて、冷たい感覚はまだ体が覚えていた。少し開いた窓の隙間から、朝の冷たい空気が入り込んでいるし、これのせいでもあるのかもしれない。ファロは隣で寝息を立てるホタルを起こさないよう静かに身を起こし、窓を閉めた。
 しかし、今度は夢の中の少女の声が再び耳たぶを打つ。こちらは未だ鮮明に覚えており、ファロは無意識に口ずさんでいた。

「おっす、はよーさん」

 不意に後ろから座席を叩かれ、背中に震動が伝わる。席の頭越しに後ろを覗けば、ポケナビ片手にエンが笑みを浮かべていた。

「お……おはよう、エンも起きてたんだ」
「ああ、また随分早く起きちまったもんさ……ったくコイツのせいで」

 そう言って、エンは通路を挟んで向かいの座席を顎で指した。二座席を占領してエンのヘルガー、ケルンが踏ん反り返って寛いでいる。バスに乗る前はきちんとボールに入っていたはずだったが、どうやら勝手に出てきてしまい、主人を弄り起こしたらしい。ボール外ポケモンの同乗が認められているバスなのが幸いだった。
 主人の文句など何処吹く風で大欠伸をたれるケルン。そこから少し視線をずらし、ファロはある事に気付いた。

「あれ、途中で誰か乗車してきたんだね」

 平日は予約、依頼制の深夜便なだけに出発直後は三人しか乗っていなかったが、いつの間にかケルンより三列くらい後ろの座席にもう一人増えていた。リクライニングを倒して寝ているその顔は、灰色の帽子で隠れて見えない。だが服装や体系から察するに、男性である事だけは間違いないだろう。

「ああ、あの人ならついさっきファウンス抜ける辺りで乗ってきたんさ」

 エンは欠伸をしながら言った。

「深夜にファウンスって……あそこ人棲んでるの?」
「さぁなぁ。最近なんかの事件で渓谷一帯がメチャクチャになったらしいし、むしろ立入禁止じゃないかとも思うんだけども。……まさか追加の同業かとも思ったけど、ホカゲ隊長がそんな無意味に人員割くマネするわけないよな。まぁただの物好きか何かだろ」
「……聞こえるわよ」

 ちょうど車体が大きく揺れたが、男性が起きる気配は無かった。そして、隣の席で未だ夢の中のホタルも。
 ファロは自分の座席に座り直し、再び窓枠の景色に目を向けた。
 煙突山の麓から、途中奇岩峰の渓谷地帯ファウンスを迂回して行くシャトルバス。危険地帯は避けており、ある程度舗装はされていてもその道程は岩肌が剥き出しになっており、決して乗り心地が良いとは言えない。ファウンスや流星の滝の辺りで起きていれば素晴らしい景観が拝めただろうが、今や周囲は断崖絶壁ばかり。さっき見た時にもまるで壁紙の様に茶色い岩肌ばかりが流れて行った。
 しかし今度は少し違う。遥か彼方、突き立った岩山の合間から僅かな海が見えた。

(海……)

 ぶくり、と泡の音が耳を撫でた。
 海は海でも見えるその姿は似て非なる。しかしその言葉だけで、今の今まで見ていた夢を思い出すには十分だった。

"――――大丈夫だよ。ヘイズちゃんもあの子も、きっと大丈夫" 

 その言葉を再び思いだし、ファロは口元を綻ばせた。重々しく沈む様な冷たい空間ではあったが、あれはきっと悪夢ではない。
 ヘイズと卵の事で気落ちした自分を励ますように、語りかけてくれた少女。まったく覚えの無いものだが、明るく屈託の無いあの声を思い出すと、不思議と気持ちが楽になる。本当に大丈夫だと信じきる力をもらえるような。それだけは、夢でも錯覚でもなかった。





 空が少しだけ白みだした頃、バスはようやく目的地に到着した。

『えーご乗車お疲れ様でしたぁ。当バス、ハジツゲ観光深夜便、流星の滝経由114番ターミナル行き、終点でございまぁす……。お忘れ物の無いようお気をつけてお降り下さぁい』
「はぁ……寝足りない」

 気だるそうな運転手のスクリプト挨拶に負けないくらい、ホタルは気の抜けた声を上げた。

「もう、ずっと寝てた癖に。いつも乱れた生活習慣送ってるからそうなんでしょうが」
「もーファロ姉オカンみたいなこと言うー」
「誰がオカンよ」

 その場に座り込んだホタルを立たせると、ファロはバスの入口を振り返った。エンがまだ出てきてないのだ。ケルンがまだ寝ているのか、それとも請け負ったホタルの荷物が予想以上に重たいのか。だが前者も後者も理由付けるには弱い。そう思っていたその時、ケルンに続いてエンがドアステップを降りてきた。そしてすぐ後ろには見知らぬ男性が……否、自分達の他に乗車客は一人しかいなかった。それに、手に持つ灰色の帽子にも服装にも見覚えがある。

「悪い、遅くなったな」

 二人分の荷物と任務に必要な機材を持ち、手を振るエン。後ろの男性は、罰の悪そうにこちらへ会釈した。肩くらいまである襟足に、中央からくっきり分けられた特徴的な前髪は鮮やかなバイオレット。薄手でもフォーマルな印象を受ける服装と言い、ファロのそれよりも透き通った青い瞳と言い、まるで英国紳士の様だ。

「彼が起こしてくれなければ、運転手を困らせてしまう所だった。礼を言うよ」

 語り口調まで容姿に違わず洗練されており、思わずファロもはにかんで会釈した。
 バスが走り去った後は、予定通りエンが率先してポケナビを開き、ある方向を指差した。目の前の海岸線に沿って伸びる114番道路。それを挟んで向こうに広がる碧海の東側に、岩山が生えた様な島が幾つか見受けられる。その中でも岩峰が二つに分かれた島。それこそが目的地ミカギ島のようだ。それはエンが前もって告げた通り、外面は風景と同化した様な何の変哲も無い孤島だった。島と言っても人の住める様な広さは無く、磯が陸から切り離されている為、島と呼ばざるを得ない。どちらかと言えばそんな印象を受ける。

「ひょっとして君達も、ミカギ島の巨大ポケモンの噂を聞きつけて来たのかい?」

 同じ様に島々を眺めていた紳士風の男性が、そう問い掛けてきた。

「巨大ポケモン?」

 エンが聞き返す。

「ちょうど十日くらい前だと言ったかな。あのミカギ島近辺で巨大な竜の様なシルエットのポケモンを、灯台守りが目撃したらしくてね。噂を聞きつけた研究者や観光客が調査や見物に行ったが、誰一人として帰って来なかったらしい」

 思わず、三人の表情は凍りつく。その様子を見て、男性は朗らかに笑った。

「嘘だよ。実際は、皆アクア団に阻まれて入る事すら叶わなかったらしい。早々にほとぼりも冷めた今はどうか知らないけどね」

 不意に上ったアクア団の話題にエンとファロが息を呑む中、ホタルだけは大袈裟に息を吐いた。

「なんだぁ、もーおじさんってば驚かさないでよね!」
「こらホタル! おじさんは失礼でしょ、まだ全然若いのに」
「はっはっは、いいんだよ。その子からすれば私も立派なおじさんだろうからね」
「……"君達も"って事は、やっぱりあんたもそのポケモンを見物に来たんだったり?」

 一瞬和んだ場の空気を、エンが引き戻した。だが、彼が横槍を入れなければファロが隙を見てそうしただろう。
 近日に目撃された巨大なシルエットを持つポケモン。そしてアクア団。男性の口から語られた二つの事実は、双方ともに今回の任務と直結する。任務依頼書の内容を思い出せば、実に簡単な連想ゲームだ。
 『アクア団の一小隊がミカギ島にて何者かと交戦した形跡あり』。その何者かが、件のポケモンであると言うのは確定と見て間違い無い。

「いや、私もそのポケモンに興味はあるが、今日はただの買い出しさ」
「あ、115番道路のショッピングセンターでしょ! いいなぁ~。でも深夜バス使ってまで買い出しって、早朝タイムサービスでもやるのぉ?」
「まぁそれもあれば嬉しいが、ちょっと他に用事があって早めに行きたかったんだ。それなのに昨晩は夜更かししてしまって、お蔭であの有様さ」

 困った様に微笑むと、紳士風の男性は帽子を取り、その中からボールを一つ取り出した。どうやら彼もトレーナーであるらしいが、随分と変わったボールの収納方法だ。
 流れで逆にこちらの目的も聞かれるのではないかとファロは構えたがそんな事も無く、男性はボーマンダを呼び出すとその背に跨った。

「それでは、私はここで失礼するよ」

 ふわりと宙に飛び立つボーマンダ。ちょうど三人の身長の二倍くらいの高さで男性は制止の合図を送る。すると何のつもりか再び帽子を取り、その中が見えるようこちらへ向けた。次にまるで芝居がかった様に流れる動作で襟に通していたスカーフを抜き取り、帽子の口を覆い隠す。

「よーく見ていてくれ。……ワン……ツー……スリー!」

 男性がスカーフを取ったその瞬間、帽子から何かが連続して飛び出した。勢い良く飛び出したので一瞬何かわからなかったが、三人の頭上を飛び交うそれは三匹のスバメ。それぞれが何かを咥えており、それが何か空中で確認する間も無く、三匹はそれを落として行った。三人各々の手にちょうど収まったそれは、カラフルな包み紙で彩られたキャンディ。

「わぁ!すごーいっ!」
「これ……マジック!? すごい、初めて見た!」

 歓喜の声を上げるホタルとファロ。目を疑う奇術ショーはまだ終わらない。ファロは男性がスカーフを宙へ放り、それが瞬く間に三つのモンスターボールへ姿を変える瞬間を見た。
 彼は訓練された飛行を披露するスバメ達をボールへ戻すと、帽子を胸に伏せて一礼。そのままボーマンダと共に飛び去った。

「すごい! あのおじさん、じゃなくてお兄さん! マジシャンだったんだぁ!」
「ホントだね。よくテレビでは見てたけど、まさか生で見れるなんて」

 生まれて初めて見たかもしれない奇術に、本当はホタルの様に嬉々として感嘆の声を上げたかった。しかし、傍らで一人思考を巡らすエンと同じく、ある事が感情に歯止めを掛ける。
 
「……"アクア団"ってはっきり言ったな。"とか言う奴ら"とか付けるんならともかく」
「ええ。今、一般では青装束や赤装束で通ってるはずよね?」

 今現在、世間一般の報道機関においてマグマとアクアの両組織は、"赤装束"や"青装束"と言った符牒を用いられている。当然ながら、一般人にもそう浸透しているはず。実際組織による被害を受けた一部の者がその名を知っている事もあるが、それは決して万人向けの呼び名ではない。
 人伝に聞いた、という受動を示す文句を偶然付け忘れただけかも分からない。だが仮にも任務中という体で警戒心が強くなっている事もあり、そうした些細な点でも懐疑せずにはいられなかった。

「まったく二人して考え過ぎじゃない? 全っ然敵意とか感じなかったし、飴玉くれたのに悪いこと考えてるわけないじゃん?」

 と、餌付けに弱いホタルが言った。

「お前は警戒心が無さ過ぎ……飴玉一個でも懐くとかどんだけ思考がお子様なんさ」
「マ、マジックだってタダで見せてくれたじゃんっ!」
「まぁまぁ二人とも! とりあえず敵意を感じなかったのは事実だし、あの人もいなくなっちゃったんだからこの件は保留ってことにしよ? ね?」

 しれっと悪態を吐くエンに顔を紅潮させて反発するホタル。そしてそれをなだめるファロ。この構図は任務時のチームワークと比例して、完成度の高いものとなっていた。時折これは、話に一度おちが付く便利なサインでもある。二人が聞く姿勢になったのを確認してから、ファロは切り出した。

「問題はミカギ島よ。さっきの人が言った通りなら、敵と対峙する可能性があるわ。連中も……まだ張ってるかもしれない。二人とも、余裕と油断はちゃんと置いてきてる?」
「当然」

 ファロの言葉が合図となり、謹厳実直なエンは元より、通常運行では楽観的なホタルでさえもその目付き顔付きに鋭い刃を宿した。細く眇められた、髪と同色の瞳はどこか楽し気でもある。

「ファロ姉がそれ言うの久々だねぇ。ふふ、今日は連中が来たらテンションマックスになっちゃうかも」

 いつ何時でも、依頼書には無い不足の事態が起こるかもしれない。内容はどうあれ、『余裕と油断はアジトに置いていくこと』。第三行動部隊にホカゲが定めた掟の一つだ。
 この言葉はそれその物が三人にとっての円陣。誰かが一席ぶつ必要も無く、これだけで十分精神面の準備を整える事が出来る。三人にとってはお決まりの儀式でもあった。

「なんだか調子も大分戻ったみたいで良かったな」
「え?」

 不意にエンが言った言葉に、ファロは当惑した。
 今のは間違い無く自分に言われた言葉だろう。だが気落ちしていたのは事実とは言え、それを気付き案じられるほど弱弱しい面を、自分は見せていただろうか。

「そうそう、なーんか昨日までのファロ姉は、借りてきたエネコみたいにしおらしかったもん。旅の間になんかあったり、隊長になんか言われたのかと心配しちゃったよ。あとヘイズのこととか」

 旅の間に何かあったのも、ホカゲに何か言われたというのも、ヘイズの事まで驚く事に見事的中。常々ホタルが見せる勘の鋭さは目を瞠るものがあったが、今回また改めて実感させられた。
 しかし、心象を見抜いていたのはエンも同じ。まさか自分の機微たる変化を二人に感じ取られていたとは。ファロは嬉しい半面、弱い部分を曝け出してしまった事にやるせなさも感じた。

「あ……はは、ごめんね。でも、」

 二人に虚勢は通じないかもしれない。けれど、今のファロは本意から言う事ができる。
 心には、先刻見た夢の少女が――少女の言葉が灯った。

「もう、"大丈夫だよ"」




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