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第二章【封じられた炎】 4

◆Useful Days ~陽炎のファロ~  第二章 PART4――ミッション


                     
「え、どういうことですか?」

 乱雑とした執務机越しに、ファロは声を震わせた。第三者はいない静かな室内だ。小声であろうと感情を伴った声は、容易に響き渡った。場の空気が一気に張り詰めるのを自分自身でさえ感じた。
 だが当のホカゲは表情一つ変えず、頬杖を突いたまま眼前のこちらを見据えた。

「どうって言ったままだ。"あれ"は、お前の手に負えるもんじゃない」

 ホカゲは事も無げに告げると、幾重にも積み重なった書面の中から一枚取り上げ、そこに何か書き始めた。あまりの素っ気なさに更に問い詰めようとすると、ホカゲはそれを見計らったようにくるりとペンを回した。

「調査の結果、あれ自体にランクA以上の"重要参考資料"ないし"要押収資料"である可能性が出てきた」
「ランクA!?」

 ファロは声をあげて驚いた。

「どういうことかは、わかってるよな?」
「はい……でも、どうしてこんな卵が」

 第三行動隊が主に請け負う諜報任務の標的は大きく分けて二種類。組織の大望を果たす為に必要とされる情報や物、或いは敵対組織アクア団にとって有益となり得るそれ。あの卵の経緯を考えると、確実に後者だろう。
 そして、それらの奪取品や押収品はそれぞれ重要性に伴い六つの区分に仕分けられる。"ランクA"とは六段階の内、上から二つ目の区分。最上を示すランクSはもちろんの事、Aですら滅多に聞けるものではない。聞く所によれば、中には幹部以下には公開不能とされているレベルのものまであるという程だ。
 この卵もまた、見た目は普通でもアクア団の幹部クラスが狙っていた物。その点を考えれば、このくらいの判定が出ても何もおかしいことは無い。だが、このどこにでもありそうなポケモンの卵の一体何がそんなに重要性を孕んでいるというのか。
 そこまで考えて、ファロはホカゲの口からまだ語られていない疑問をふと思い出した。

「そ、そうだ隊長はもうこの卵がなんのポケモンか知ってるんですよね?」

 元はと言えば、"卵の検査が終わった"という理由でこの場へ呼び出されたのだ。突然結論から言われてしまったが、その検査結果についてはまだ何も聞いていない。
 ホカゲは応えずに書面へ向かっていたが、一度ペンが止まった所で顔を上げた。

「お前、話聞いてたか? ランクAだっつったろが。機密事項だ」
「えーそれも教えてもらえないんですか?」

 当たり前だ、と吐き捨て、ホカゲは再びペンを動かし始める。
 表情にこそ出さないが、この時ファロの心象にある変化があった。正確には、意を決した。

「……わかりました」

 きっともう、自分の元にあの卵が戻って来ることはない。この時点でそれだけは明瞭となった、と言ってもいいだろう。何も教えてくれない為わだかまりは残るが、こうもばっさりと切り捨てられると諦めは付けやすかった。あの卵への未練に終止符を打つ覚悟も、これで決まった。

「じゃあもう一つだけ、これは聞いてもいいですか?」
「なんだ?」

 しかし、その点を納得出来ても、一点だけ気掛かりが残る。この区分は、ただ収集された資料物を振り分け区別する為に設けられたわけではない。その資料に対する取り扱い方法まで細かく定められている。
 ランクAの場合はまず――

「Aに分類されたということは、次期に合同幹部会議へ持ち出されるんですよね?」
「まぁそういう流れになんだろ」
「……ですよね」

 ファロは俯き、目を伏せた。
 合同幹部会議。各部幹部格以上に命じられた者全てが呼集され行うその会議には、行動隊やオペレーション部、そして科学班の要人までもが列席する。
 科学班が加わる談合にあの卵の話題が挙がる事。それがどの様な結果を生むかは必ずしも定かではない。だが、ファロの脳裏ではある一つの結末のみがやたらと存在感を放っていた。
 ひょっとするとあの卵もまた……

「ヘイズみたいになるんじゃないか」

 言葉にしたのはホカゲだった。

「ってことだろ? 気持ちはわからねーでもねぇが、もし科学班長殿が興味示せば、こっちにゃもう勝ち目ねーんだわ」
「そう……ですか」
「つってもアクアでも冥海絡みならこっちの領分なわけだし、あのクソジジイに出し抜かれんのもなんかムカつくし。どう転んでも所有権だけは分捕ってやるつもりだけどな」

 書類に認印を落とし、ホカゲは椅子の上に胡坐をかいた。そして今し方したためた書類をコピー機に突っ込み、片手で器用に操作しながら紅茶を啜る。
 淡々と作業を進めつつなせいもあるかもしれないが、言葉にいつもの"絶対の余裕"は感じられなかった。彼ほどのやり手であっても、有言実行を果たすには五分五分なのだろうか。
 いずれにしても、こうした場合無力な自分が出来る事はもう何も無い。

「お願いします……」

 ファロはただ深く一礼し、踵を返した。早くこの場を立ち去らなければ、余計な事を言ってしまう気がした。

「ちょっと待て」

 振り向けば、ホカゲが数枚の紙束をこちらに向かって突き出していた。
 戻って受け取ると、その手にまだ温かい感触が伝わる。それは今の今までホカゲがしたためていた書面――任務依頼書だった。複製ほやほやのも含め、全部で三枚。

「一番上の原本がお前の。他の二枚はエンとホタルに渡しといてくれ」
「え、あたしも……?」

 同じく第三行動部隊Frame1所属の工作員、エンとホタル。彼らに続き、確かにファロの名も書かれていた。

「なんだ嫌か?」
「い、いえ。ただ、任務も当分は謹慎になると思ってたので」

 総帥命令に背いての勝手な行動。依頼も無く勝手にアクア団を撹乱し、おまけに幹部にマークされた事など、処分に至る理由は思い起こせば幾らでもある。当然任務も当面は参加できないだろうと見越し、ファロは先の予定を立てていた。

「おいおいそんなにサボりたかったのかよ。それともなんだ、怖くなったかぁ?」
「違いますよっ!」

 意地の悪い笑みを浮かべ、半ば挑発的なホカゲの言葉にファロは噛み付いた。
 本当の事を言えば、幹部格と対峙してしまった場合の不安感は残る。だが、怖くはない。むしろ相手が幹部だろうと雪辱を晴らす為なら再び対峙してやろう。問題なのは、その時に自分がどう行動するか。
 そんな意中を知ってか知らずか、ホカゲは口角を釣り上げた。

「後でそれぞれに追って連絡はする。まぁ久々のトリオだ、きばってこい」
「了解です」

 ファロは再び、深々と一礼した。その拍子、インナーの内側に通していた銀色がほどける様に滑り出る。

「お。久しぶりじゃねぇか、それ付けてんの」
「あ、えっとこれは……」

 それを掌で包み、ファロは反射的に何かを言い掛けたが咽頭の辺りでぐっと堪えた。

「ちょっと、お守りに頼りたくなったので」





 背後で両開きの扉が静かに閉まる。月影が落ち、白黒の急な階調で構成された、それなりに広い部屋の中。開いた窓から吹き抜ける夜風がウツセを出迎えた。
 不気味なコントラストで支配された静寂の空間では、視界悪くとも僅かな微動で生き物の気配を感じるのは容易い。
 すぐ目の前の暗がりから影が一つ月光の中へ出でる。色彩は欠け、逆光で影が落ちたその姿が露わとなった。青白く見える衣服を纏った長身の男は、背を向けたまま窓から月を眺めた。新月が過ぎたばかりの、上弦の月。

「まだ半分だけどいい月夜だね。そう思わないかい、ウツセ君?」

 まるで吹き込む微風と同調した様に穏やかな声で語り掛けられ、ウツセは身を正し一礼して応えた。

「お呼びでしょうか、総隊長」

 挨拶代りに言った冗句を聞き流され、総隊長と呼ばれた男は背を向けたまま固まった。背中越しに乾いた笑みと溜息が漏れ聞こえる。

「はぁ。やっぱり君はつれないというか、生真面目過ぎるというか」

 ウツセは一度目を伏せ、彼に感づかれないくらいの小さな息を吐いた。

「……個人的には下弦の方が好きなので」

 男はなるほど、と残念そうに言った。ウツセの方へ向き直り、大半は逆光で影の落ちた顔を綻ばせる。

「上弦は満ちゆく月、一方下弦は欠けゆく月。我ら《宵の冥海》の目指す全ては欠け落ちた月にこそある。君の答えは我が隊の一員としては優秀そのものだよ」
「ありがとうございます」

 声も顔も無表情のままウツセは胸に手を添え、敬礼した。周囲の情景のせいもあるが、まるで無機質な人形の如きその様相。男は少し顔を顰めたが、今度は思った事を言葉には出さずそのまま吐息に流した。

「先日もまた逃げられてしまった。新月の晩になっては我々の前に現れて、また姿を消す。一体"彼"は何を考えているのだろうね?」
「僕にはわかりかねます」
「おや、君でもかい?」

 ウツセは言葉を詰まらせ、それを察した男は肩をすくめてみせた。

「まぁ、それは置いておいて早く本題に入らねばね。私も眠くなってきた」

 男は欠伸を噛み殺すと、再びウツセに背を向け月光降り注ぐ窓際へ立った。

「ホカゲ君ならもうそろそろ動く頃だし、そろそろあちらを警戒しなくては、と思うんだよね。明日はそのまま君の用事を果たしてくれて構わない。けどそれが終わり次第、ミカギ島へ行ってくれるかい?」
「"回収"ですか?」

 男は軽快に指を鳴らすと、その指でウツセを指した。

「その通り。でも、それ以外にも頼みたい事がある。単独任務になるけど、いいかい? 極秘な上、まだあちらに我らの明確な目的を知られたくないんだ」
「了解……」

 ウツセは躊躇無く静かに跪くと、男に向かって恭しく頭を垂れた。皓皓と、まるで頭上に月の光輪を頂いているかの様な男を崇拝するかの様に。

 



 こうした正式な手順を追っての任務は久しぶりだった。
 一人旅をしていた間の一月は当然アジトへ戻る事も無く、任務の依頼は電話一本で済まされる。場所と時間を指定され、後はそこへ赴き役目を果たすだけ。しかし電話のみではあらかじめ得る情報が簡易的で極めて淡白な分、ある程度勝手の分かる者で無ければ追加説明が要ることもある。"そうではない"ファロにとっては、それもまた無駄な面倒を省ける良い仕様だったが。
 だが周囲見渡せば同僚だらけのアジト暮らしも、こちらもこちらで大きな利点がある。決行前に、同じ任務に就く同僚と打ち合わせて置けることだ。
 一応身を隠している手前配慮していたファロにとっては、今回は"それ"が彼らと気軽に話せる良い口実となった。

「ねぇねぇファロ姉。これって要するに、奴らの食いカス突つけってことぉ?」
「うーんまぁ、間違いじゃないかな」

 ファロの持ってきた土産品"キャモメのたまご"を頬張りながら、ホタルが言った。絹糸の様に柔らかく長い栗毛が優雅な少女だが、如何せん彼女の性格はその容姿を活かす方法を知らない。訓練に出ていたエンとファロは団服のフードを脱いだだけの姿だったが、ホタルは弛緩した部屋着のまま寛いでいた。もう日も陰ると言うのに、どうやら今の今まで寝ていたらしい。

「ったく身も蓋も無い言い方だな」

 呆れた口調で言ったのは、深緑の癖毛が特徴的な青年エン。今三人で寛いでいるこの部屋の主でもある。
 赤鬼荘には、いつの頃からか根付いた"女子棟に男性が入るのは厳禁だが、男子棟に女性が入るのは許される"という、誰が作ったのかも知れない不平等条例がある。ならば、トリオが任務で揃うなら、その打ち合わせはエンの部屋。そんな暗黙のルールが出来てしまったのは一体いつの事だっただろうか。
 間取りは三人で体を伸ばしていられるくらいはあるが、今にも迫り来そうな壁や天井を見ると少し窮屈さを感じる。エンに従うボール嫌いのヘルガーが体を伸ばしているので尚の事。それでも清潔感に溢れている為か、何処となく居心地は良い。ファロは自分とホタルの相部屋を思い浮かべ、少し複雑な気分になった。
 アジトの中でもこの二人、エンとホタルはファロが帰還している事を知る数少ない人物。そして、日頃任務でも共にする事が多かった事から、今では最も親しき同輩。ホタルに至っては"本当の"ルームパートナーという間柄だ。帰ってきた当初は出くわす度に突然出ていった事について根掘り葉掘り聞かれたり、それをネタに囃したてられたりもした。だが、一週間経った今ではそれも落ち着いたらしい。買ってきてから渡すのをすっかり忘れていたカイナ土産を持参しても、話が蒸し返されることは無かった。
 エンは持ってきた人数分のグラスと麦茶の入ったピッチャーを二人が囲むテーブルに置くと、トレーを片づけにと腰を上げた。だが脇で寝ていたヘルガーが立ち上がり、そのトレーを咥え奪い取ってしまう。

「お、片づけてくれるのか。サンキュー、ケルン」
「相変わらずいい子だねーケルンは」

 速やかにトレーをシンクに放り戻って来るケルンを見ながら、ファロは感嘆した。

「まぁね、誰かさんと違って」
「なによっ」

 麦茶をグラスに注ぎながら、ホタルはエンを睨みつけた。エンは一度咳払いし、手をひらひらと靡かせる。

「脱線させて悪かった。とりあえず、話を戻すとしよう。ファロ、頼んだ」
「わかったわ」
「その前にホタル、その食いカスはちゃんと拾っとくんだぞ」

 先程は上手く流された手前、ホタルは再び噛みついて行きそうな勢いだったが、ファロが横からなだめる。このまま再び話が流れてもいけない。ファロは一拍置くと、小さく咳払いをした。

「えーと、『数日前、アクア団の一小隊がミカギ島にて何者かと交戦した形跡あり。現地に赴き、下記項目に従って調査せよ』。まぁ、さっきホタルがざっくり言ったとおりよね」
「要するに後処理だもんね」
「『三人一組(スリーマン・セル)で一人は見張り。二人が専用の端末機器を持しての調査。要するに、なんか面白そうなモンがあれば適当に持って帰ってくること』だって。あとは注意項目だから各自確認ってことで」
「……最後の一文だけ覚えていけば良さそうだな。ってか、いくら隊長でも今までに無いくらいの適当さじゃないかこれ? なんか字も走り書きみたいだし」
「ま、まぁ忙しかったんじゃない?」

 ファロは苦笑いを浮かべて誤魔化した。
 エンの察しのとおり、自分とものの数分会話している間に書き終えた様な任務依頼書だ。内容の価値すらも疑わしい。だが、それをあえて告げる様な事はしなかった。

「で、これが一番問題なわけだけど……誰かミカギ島って知ってる?」

 ホタルは真っ先に首を横に振った。今回の内容で唯一まったくわからない"場所"の項目、『ミカギ島』。自然豊かなホウエンには数多くの孤島が存在するが、残念ながらその全てを把握している者は少ない。ファロもその例に洩れず、特にこの島の名前は聞いたことすらも無い。
 困り果てていたその時。顎に手をやり暫し何か思考していたエンが、弾かれた様にポケナビを取り出した。

「ああ、やっぱりここか」

 そう言ってエンが示したのは、見た事の無いくらい詳細な情報が飛び出るタウンマップ。彼が指差した先にある赤い点――目的地、ミカギ島。以外にも、そこは地図上で見ればアジトに近い場所だった。

「煙突山の西側を行って、ファウンスを抜けるだろ。その先にある沿岸からならよく見えるだろうな。鍾乳窟が有名で、一昔前はテレビでも取り上げられたりしてた無人島だ」
「げ、ファウンス突っ切るとか気は確か? ポケモンで飛んでける距離じゃないし危ないよ?」
「いや、誰も突っ切るなんて言ってないし。迂回路をシャトルバスが通ってるからそれ使うんだよ。深夜便もあるから、これで行くってのは?」

 言いながら、エンはマップに備わった機能を更に有効活用し、バスの路線と時刻まで出してみせた。 
 歓声を上げて拍手するホタルに釣られ、ファロも感嘆した。少数精鋭のため大型の移動機関を動かせない任務の場合、どうしても自力で現地へ赴くしかない。そうした場合に彼の持つマップと知識は、今までも存分に発揮されて来た。

「よし、決まりね。じゃあ決行は明日。道案内はいつもどおりエンに頼むってことで」
「かしこまった」
「ホタルも、敵もいないような任務だけど備えあれば憂い無しって言うし、準備はしっかりすんのよ」
「わかってるよー」

 すぐに二者二様の肯定が得られ、速やかに打ち合わせは終了した。敵に会いまみえる事が想定されていない場合はいつもこんなものだ。
 その後はどうということも無い気楽な団欒が続いたが、それが堪らなく心地よかった。何も考えずにいると、湧き出て右往左往する昨日ホカゲから告げられた事実。それすらもこの時ばかりは忘れていられた。




         **********第二章【封じられた炎】・完***********



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