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第二章【封じられた炎】 3

◆Useful Days ~陽炎のファロ~  第二章 PART3――休火山(ヘイズ)


                     
 "過去"は振り返るもので、"今"を振り乱すものでは無い。忘れて前に進む事ができるなら、と自分はいつでもそうしてきた。
 しかし、いざその時になると何かが自分の身を震わすのだ。決して忘れる事は許されない、二度と同じ過ちを繰り返すな、と。
 その度に、否が応にも思い出す。
 決して思い出したくは無いけれど、赤く印の付いた記憶の糸を手繰り寄せるのは、嫌になるほど簡単なものだから。



 日陰で薄暗い部屋の中、ぽっかり浮く様な真白の寝台。そこで一匹のマグマラシが眠っていた。
 一年前までファロと共に闘い、苦難も共にして来たパートナーの一匹、ヘイズ。
 朝日が差し込んでいる様に涼やかで、何処かしめやかなこの白い部屋は彼の病室。病室と言っても、"外"の世界に出てきてしまったわけではない。ここもまたアジトの一部、簡易医療施設。
 簡易と称される通り、常に戦力において万全の態勢を保つ為あれば尚良しと作られた場所だ。備え自体は万全とは程遠いが、医師の質は良いと聞く。怪我の治療に体調不良改善から疲労回復。人もポケモンも、余程の重傷、また病魔に苛まれていなければここで事が足りる。
 しかしヘイズは、それだけでは事が足りない代表的な例だった。
 ファロは持ってきた花――と言ってもアジトの敷地に自生していた野花だが――をデスクに置いた。その横には、使い古されたモンスターボールが一つ。
 逆立つ炎が失せて久しいその体は、さしずめ休火山。ファロは、今では燻りさえもしないその額を優しく撫でる。ヘイズの首に掛かっていたネックレスチェーンが、少し揺れた。

「久しぶり。一月も来れなくてごめんね、ヘイズ」

 いつも通りの、快活とした声で呼びかける。
 答えは無く、ヘイズはただただ深い呼吸を繰り返し続けた。誰も音を発さない分、生命維持装置の震動音と電子音だけが耳を聾する。風の噂だと、ヘイズがこうなってしまった要因に加担していた科学者が責任を感じ、元々は無かったこの設備を導入したらしい。煩わしく感傷をそそる音だが、今これは彼の心音も同然。否定する訳にもいかない。
 目にも見える、イトマルの巣の様に伸びヘイズを絡め取る数多のコードが、あたかも現実を指し示している様だ。ファロはその一つに指を掛け、唇を噛んだ。







「あんたがさ……あのヒノアラシをもらって育てるって言い出した時、アタシも正直反対だったよ」
「え?」

 ポケモン達をボールへ戻していたファロは思わず声を立てた。言葉の内容とは不相応で、責めている風ではない、カガリの声色は下の者を優しく諌める様なそれだった。

「科学班の連中が何をしていたか詳しくは知らないけど、少なくともポケモンを実験動物としか見てない奴らもいたからね。そのせいか、あそこから出たポケモンの中には凶暴化して人間を襲うようなのもいた」
「えっでも、ヘイズは」
「確かにヘイズは別格だったさ。卵のうちに被験体になって、生まれてすぐに用済みにされた運の良い子だからね」

 運が良かった。本当にそうだろうか。ファロは、顔を曇らせた。
 カガリの言うとおり、ヘイズは生まれて間もなく野生に捨てられる所だったヒノアラシ。それを、無理を言って貰い受ける事を望んだのは自分なのだ。だが、あの時の自分は特に何も考えず、ただそのヒノアラシが可哀そう、という理由でその命を貰い受けた。元々は被験体だったその命に、何かの後遺症があるかもしれない、などと露ほども考えずに。
 今思うと、全ては自分の浅学が祟った事ではないだろうか。あの時自分に学があって、科学者にヘイズの事を聞けたなら、万が一に備えて定期的に検診を受けさせる脳があったなら。
 そう考えると、軽率な自分の手に渡った事は、ヘイズにとってやはり不幸でしかなかったのではないか。
 現に悲劇は起きてしまったのだ。

「けど、ヘイズの場合は"それ"が進化した瞬間に来た」
「……!」

 "それ"が意味するもの――凶暴化。違う。ヘイズは凶暴化したわけじゃない。苦悩に唇を引き結ぶファロの脳裏に、ある一年前の映像が蘇る。

 ヘイズが進化の光に包まれ、マグマラシに姿を変える。直後に、それは急転直下で起き始めた。
 嬉々として駆け寄るファロの目の前で突然倒れ、もんどり打って苦痛にもがき始めるヘイズ。苦痛は一度収まったものの、それで終わりでは無い。
 彼は今度はまるで本物の火山の様にその力を暴発させ、辺りを焼き尽くし始めた。ホカゲに止められながらも熱源と化したヘイズに手を伸ばす己は、ただ火事場で嘆く被災者の様に無力でしかなかった。
 暴走が段々と収束した頃、凄惨な光景の只中で、彼は――ヘイズは一度、生命活動を止めてしまった。
 吐き出された夥しい量の血液が薄黄色の体毛を染め、地面に染み込んでゆく。その地面に影を落とし、自分はただ魂の抜けた様な表情で立ち尽くす事しかできなかった。
 結果としてポケモンドクターの処置により、ヘイズは昏睡状態という形で命だけは繋ぎ止めた。だが、最悪の事態には至らなかったとは言えその惨い映像は、年端もいかない自分が精神的外傷を受けるには十分過ぎたらしい。

「あれだけの事があったんだ。とりわけあんたは、ポケモンとの間に深く絆を持つタイプ。ショックを受けるなって方が無理な話だろ」

 現実でまで身を焦がしそうな回想はぷつりと途切れ、意識が立ち戻る。
 回想の終着点。そこからだった。ファロが進化を無意識に避けるようになってしまったのは。
 本来ならば、ポケモンの進化は感動的な自然の神秘。トレーナーにとってはポケモンの成長を通して得た絆の象徴たるもの。だがファロにとってそれは、むしろ惨い記憶を喚起する撃鉄となっている。
 炎の石の様に、トレーナーが自らポケモンの進化を誘発する道具は、到底使えやしなかった。

「そういや、ホカゲはいつ気付いたんだい?」

 問いにすぐには答えず長い息を一つ吐き、目を閉じた。カガリは何も言わずに待ってくれている。ファロはぽつりと零す様に話始めた。

「……気付いたも何も、すでに予測していたみたいでした。あの後あたしの目の前でナスカになんか得体の知れないアメあげて、それが進化を促す効果があったらしくて……気付いたらナスカにしがみ付いてて、あたしもその時に初めて、自分が進化を拒絶してるってわかったんです」

 数秒の間、空気だけが流れた。珍しく、カガリが相槌すらも打たない。あまりにもしどろもどろ過ぎてちゃんと伝わらなかったのかもしれない。気になって恐る恐るその顔を覗き込んでみると、それこそまるで得体の知れないものを見る様な眼差しが飛んできた。

「あんたさぁ、自分のポケモンが得体の知れないものを餌付けされる様子を黙って見てたのかい?」
「あ……いえ、いや確かに得体は知れなかったですけど、最初は普通のアメ玉だと思ってましたし、しかも隊長わざわざナスカ用に砕いてくれましたし……疑っちゃ悪いかなーと」

 甘いね、とカガリは吐き捨てた。

「あいつ前にナスカの事チキンボール呼ばわりしてたじゃないか。ネイティオにした方が熟成してウマそうとか考えてたんじゃないのかい」
「いや、いくらあの隊長でもそんな馬鹿なこと」
「許可も取らず勝手に進化誘発剤使って部下の反応を試す、なんてのはアタシの物差しじゃ馬鹿なことだけどね?」

 その黒い瞳が眇められ、顔付きが険しくなる。
 言ってしまってから、ファロは後悔した。ホカゲのたまに部下を弄ぶような行動は、いつもカガリの癪に障り、しばしば喧嘩の要因にもなっていたというのに。
 ここで少しフォローしておかなければ、後で両者が目を合わせてしまった時が怖い。

「た、確かに、とんだ荒療治だったとは思います。でも、今考えてみると、あれがなかったら何の自覚も無い状態でナスカの進化を目の当たりにして、茫然自失してたかもしれませんし!」
「ふーん。ま、それが任務の最中だったら命取りだったろうしね」

 ファロはおもむろに団服の内ポケットをまさぐり、カガリに見えるようにある物を取り出した。大きさはポケナビくらいだが、見た目はシンプルな方形の機械だ。それは、進化を拒絶する自分にとって、とても大事な物。

「それは?」
「隊長が貸してくれた進化抑制装置です。これのおかげで、ナスカの進化も抑えられたんですよ」

 上部の青いボタンを押すと、小さな赤いランプが点灯した。何も見えないが点灯している間は何らかの電波が発せられており、それがポケモンの進化に歯止めを掛けるらしい。

「なるほど、強引に調べて処方箋放り投げて後は好きにしろ、かい。ったく、やっぱりやり方が気に食わないね。あいつらしいけど」
「進化に拒絶反応起こすってことを普通に受け入れてくれた辺り、たぶんあれも隊長なりの優しさですよ」
「残念ながら、あんたもう感覚がマヒしてるよ……って、ん? ちょっと待ちな」

 カガリは、右手の人差し指を立てて何かを数える様に揺らしていた。そして左手は結んで顎に据えられている。
 ファロは静かに聞く準備をした。これは彼女が何かを閃き、思考を巡らせている時の癖だ。
 
「チルヒメとローラはあの時点で進化してたからいいとして……でも演習場使ってる時とか、その間にも進化に遭遇してるはずだろ? 大丈夫だったのかい?」

 マグマ団に所属するトレーナーには、まず初めに一貫してポチエナが支給される。ポチエナの進化レベルはそう高くないため、繁く修練を積んでいればグラエナになるまでの期間は短い。その為本来貴重なはずの進化も、演習場へ行けば結構な頻度で起きていた。ほぼグラエナだが。

「最初はちょっと目を背けてたりしたんですけど、今は"見るのは"大丈夫です。この間も、トモシのポチエナの進化に立ち会いましたし」
「なるほど。ってなるとまぁ例えばの話、誰かの手で進化させてもらうってのはどうなんだい? 」
「え、誰かの手で?」
「自分のポケモンだと見るのも辛いって言うなら、預けてお願いするのもいいしさ。なんだったらアタシでもいい」
「それは……」

 他者の手に進化を委ねること。それも一度は考えたことがあった。
 だが、進化はポケモンとの絆の証たるもの。その儀式にも似た記念すべき瞬間を取り上げないため、ポケモン育て屋ですら進化は抑制に努めているという。そんな大事なことを拒絶心から他者に任せるのは、信頼してくれている彼らを裏切ることになるのではないか。それに、任された方も気が退けるだろうしいい迷惑だろう。
 結論はノーだ。ファロは、確かな誠心をもって首を横に振ってみせた。

「組織の一員として命令されたら、きっとそうします。でも、今は……あたしがこんな状態なので今はできませんけど、いつか自分の手で、心から望んで進化させてあげたいんです。ヒメやローラみたいに」
「よく言った!」
「わっ!」

 言うなりカガリはファロのフードを掴んだ。そのまま乱暴に頭を撫でられる。嵐の様なストロークが終わると、カガリはそのまま立ち上がった。強気な笑いを浮かべるその顔は、どこか罰の悪そうで。

「ごめん、ちょっと意地悪した。あんたならそう言うだろうと思ってたよ」

 そのまま服の砂を払い、カガリは私物の荷袋を肩に掛けた。そろそろ彼女のあるべき所へ戻るのだろう。
 
「じゃあ、炎の石はお守りとしていつも肌身離さず持ってな。進化以外にも色々役に立つんだから」

 カガリは背中を向けたまま上げた手を靡かせた。
 進化以外の石の使い方なんて聞いた事は無い。言葉の意味を問うと、彼女は半身振り返り、親指を立てて微笑んだ。

「投げつければ"ストーンエッジ"になる。いざとなったらそれでトレーナーをノックアウトするんだよ」
「……爽やかに怖いこと言わないで下さい」

 そう言いながらも、ファロの脳裏には先日バンナイに向かって放った直球モンスターボールが過ぎり、少しだけ罪悪感を覚えた。





 持ってきた花を花瓶に活けると、ファロは寝台の下に収納された椅子を引っ張り出した。
 そこへ掛け、一見ただ昼寝をしているだけの様なヘイズの頬を撫でる。撫でながら、一つ一つ土産話を開封した。
 半ば逃走劇だったアジトを出た日の事。フエン、カナズミ、キンセツ、カイナ。一月の間にも、自由にたくさんの町を回って観光した事。その最中にも見つけたアクア団を邪魔してやった事。そして一週間前、海で謎の卵を拾った事。そこから始まった、カイナシティで繰り広げた追跡劇。色々至らなかった悔しさと、ナスカの新たな戦法を見つけた喜び。
 そして――

「そう言えばね、あたしの昔を知ってるかもしれない人に会ったんだよ」

 ヘイズの首に掛かった銀色のネックレスチェーンが揺れる。ファロは、そのトップに付いている飾りをゆっくりと持ち上げてみた。
 僅かな光を反射し、鈍く瞬いた銀。先端が二つに分かれ、一見変わった形をした小さな羽の意匠。
 ファロがヘイズにお守りとして預けていたそれは、つい最近に見た映像記憶と完全に重なった。

『そ、それって……!』
『やっぱり、知ってるのか?』

 単なる偶然か狙った必然か、カイナで唐突に出会った着物の男。一度見たら忘れられない銀髪に緋色の瞳。見た目から何から怪しい点づくしの謎めいた彼が差し出した手の中には、確かにこれと同じ銀細工の羽があった。色も形も大きさも、見て分かる限りは完全に同じ品だ。
  
「やっぱり間違いない。あの『ギン』って人が持っていたのは、これだわ……!」

 この銀細工は、ファロ自身が買った物でも、誰かから貰った物でも無い。"始め"から持っていたのだ。思い出せる限りの"始め"から。
 果たしてこれらの事実が何を意味するというのだろうか。今まで生きてきた中であんな人物を見知った覚えは無い。もし会っていればあんな特徴的な人物を忘れるはずが無い。
 しかし、あの男は言い当てたのだ。ファロの持つ、否……その時には持ち歩いていなかった、この銀細工の事を。
 少なくとも、確かな事は一つ。あの男――ギンは、自分の事を知っている。恐らく、自身も知らない自分の事を。

「ヘイズ、このお守りちょっとの間借りてるね」

 ファロは優しく丁重な手付きでヘイズの首からネックレスを外す。代わりに、ポケナビに付けてあった五つの星が揺れるストラップをその横へ置いた。
 その時、ちょうどタイミングを見計らった様に、手の中のポケナビが震動する。
 
「誰だろ……はい、第三行隊flame1のファロですけど」

 電話の向こうの声は、ホカゲだった。




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