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第二章【封じられた炎】 1

◆Useful Days ~陽炎のファロ~  第二章 PART1――カガリ


                     

 表向きはホウエン各地の地質調査を生業とする環境保護団体・マグマ団のアジトは、煙突山の麓フエンタウンからそう遠くない。
 切り立った崖や段差の多いデコボコ山道の脇道に、その入り口はあった。とは言っても、秘密結社のアジトと言うだけにその外観は、屋外から見れば完全に一つの岩山としてカモフラージュされている。
 屋内に入るためには、団員各自のIDコードがインプットされたブローチを認証機にかざさなければならないのだ。
 しかし、『屋内』とは言ってもそこはまだ単なるメインゲート。次に岩山を刳り抜いて作られた薄暗い無機質な通路を進み、エレベーターで下へと降りなければならない。そして最下層に位置する二つ目のゲート。ここで再びブローチを使って開門し、ようやくマグマ団の本拠地と呼ぶべき地に辿り着くことができる。
 そこはまるで天然の要塞だ。幾多の火山活動により出来上がった峻厳な岩山。その山々に囲まれた窪に溶岩が流れ込み、火山灰などが積もりに積もって出来上がった小さな盆地。
 三百六十度どこを見ても自然の造形美だと言うのに、そんな中に人工的な建物が歴然と並び立っている。この情景は自然と人とポケモンが調和する、ここホウエンの地そのものを表しているようでもあった。
 しかし一見すると空さえ飛べれば簡単に侵入出来てしまうように見受けられるが、実はそうでもない。周囲を壁の様に囲む岩山のあちこちにセキュリティセンサーが仕掛けられており、赤外線カメラを通して見れば、盆地全体を守る巨大な赤い蜘蛛の巣が見えるのだ。これがまた何重にも仕掛けられているので、誰にも気づかれずに空から忍び込む、なんて事は絶対不可能と言ってもいい。
 とは言っても、元より危険地帯のこの辺りに近づこうとする一般トレーナーもそうそう居たものではないが。

 ファロが自由な旅路の中からアジトへ戻されてから、もう三日が過ぎようとしていた。
 あの時改めてホカゲにアジトへの帰還命令を下された時は、無駄だと分かりつつ少し抵抗を見せたりもしたがしかし、アクア団に目を付けられているばかりかあの失態の連続の後だ。職権乱用なんて疑いは一ミリも無い、極めて合理的な隊長命令に対して、一体どんな言い訳をすればいいというのか。
 いや、そう考えること自体が無駄だということくらい既に分かり切っていた。
 こうしてファロは、実に一月ぶりに約七年間暮らしていたここへ帰還する羽目となった。成る丈秘密裏に。

「さて、今日は誰と行こうかな」

 不規則に建つ建物の中でも、まるでその外観が宿舎の様で大きなものがある。これは、見たとおり宿舎。普段時は謎の組織の構成員を演じている団員達が、普通に生活を送っている場である。アジトの外で二足の草鞋を穿く生活をしている者も多いので全員ではないが、それでもかなりの団員がここに落ち着いている。
 ちなみに一体誰の仕業かは知れないが、エントランスの外の壁にはそれはもう綺麗な赤い字体で『鬼ヶ島』と描かれている。これが原因で『赤鬼荘』とか『メゾン鬼島』とか言われるようになってしまったのは、今はもう昔。
 日当たりは立地条件的にあまり良くないが、一部屋が中々しっかりした一ルーム式となっている。幹部以外の末端の組織構成員はルームシェアーという決まりだが、中々快適らしく不服を漏らす声はあまり聞いたことがない。ユニットバスもテレビもエアコンもベッドもある。旅を始めてからノープランが崇り野宿ということもあったファロは、改めてその快適さに感動を覚えていた。
 午前中の仄暗い部屋の中。赤い装束に着替えたファロは、フードは脱いだままで窓際に四つのモンスターボールを並べてじぃっと見つめている。

「……よし、決めた。今日はローラとコリンで、」

 ファロがモンスターボールを二つ掴み取るのと、部屋のドアが開かれるのはほぼ同時だった。

「ファロ?」

 部屋へ入ってきたのは、毛先の跳ねた艶のある黒髪を持つ妙齢の女性だった。格好はファロと似た赤い装束だが、そのスリットスカートには白いラインが入っている。

「ふー、第二行隊と第三行隊の演習場所が入れ替わりになっちまったから急いで来たんだけど、間に合ってよかったよ。ていうか窓際で作業するくらいなら電気付けな? アジトの外と違って日光が入りにくいんだから」

 カガリは部屋に入ってすぐの壁に手を伸ばした。照明のスイッチがオンにされ、瞬く間に部屋の見通しが良くなる。ファロは急な電光に面映ゆくなり、思わず目を細めながらも礼を言った。

「でも、もうすぐ出るつもりだったので消しちゃってもいいですよ。にしてもカガリ隊長……それだけ伝えるために、わざわざ来てくれたんですか!?」

 マグマ団第二行動部隊・通称『特攻隊』の隊長カガリ。女性ながら組織内でもトップレベルの攻撃重視戦法を操る女傑だ。エースとしてコリンの進化形でもあるキュウコンを操るトレーナーだが、その火力がとにかく段違い。相手が同じ炎タイプでも、いとも簡単に火傷を負わせてしまうほどの強さを誇る。ファロがコリンを育てる上でも目標とする、憧れのトレーナーだった。

「だって、あんたがハーランや第二行隊のヤツとばったり会っちまったらまずいだろ? ホカゲからは、『三行隊のヤツならまぁいいけど、それ以外と会うのはまずいから』って聞いてるけど」
「そんな、別にそこまでじゃ……」

 ファロは、申し訳なさそうにがっくりと項垂れた。
 実を言うと、今回ファロが帰って来ていることは、ホカゲとカガリとバンナイ、そして三行隊の一部の者しか知らない。これは、先日カイナポケモンセンターにてホカゲが提案してくれた、ファロにとっては有難い妥協策に基づくものだった。
 とある理由からアジトへ戻るのは気が引ける。また戻っても、『ある人物』にだけはなるべく会いたくない。そうしたファロの言い分を考慮した結果ホカゲが提案したのが、彼女をカガリの部屋に居候させること。
 そう、今いるこの場所は、ファロの元々の部屋ではない。
 この判断が正しく功を奏し、未だファロの存在は三行隊の一部の同僚にしか知られていなかった。これも一重に、組織内のことをある程度までなら情報を掴み、動かす権限を持つカガリのお蔭だ。それにファロの事を知った三行隊の面々から他へ情報が広がってしまわないのは、恐らくホカゲの圧力か何かだろう。
 そしてホカゲが手回ししてくれたのは、ファロの身の振り方だけではない。
 まったくどういう風の吹き回しなのか、"例の卵"についてもしばらくは隠蔽できるように段取ってくれたらしい。ただしその条件として、万が一の時のため周波数検査にだけは掛けることを約束した。今はその検査のため一度ホカゲに預けてあるのだ。 
 それにしても、ここまで幹部に手間を取らせる一般構成員なんて、きっと自分を置いて他にはいないのではないだろうか。長く組織にいるためか年若くとも古参と見られ、同僚からもまるで幹部の様な扱いを受けることもあるが、実際格で言えば下っ端だ。幾ら七年来の知己でも、下っ端の中で自分だけが幹部からこうも目を掛けられている。客観的に見てこの事実は、どうも鵜呑みにしてはいけない気がした。

「部屋を借してもらってるだけでも十分ありがたいですし、そこまでされるとなんていうか申し訳無くなりますよ」

 ファロは弱弱しく呟いた。カガリは一瞬きょとんとするが、その黒く妖艶な瞳を細め、哄笑をあげた。

「何言ってんだい、昔は相部屋だっただろ。一昨日も言ったけど……つーか前から言ってるけど、アタシらが幹部になったからって、日常でまでそんな気にすることは無いんだよ? ここはアクアみたいな潔癖縦社会とは違うんだからさぁ。あ、科学班は別か。くくく……」

 その悪戯っぽい嘲笑は、どこかホカゲを彷彿とさせる。

「う~ん、それはそうですけど……」
「なんだい、まだなんかあるっての?」
「い、いえまったく! とにかく感謝してます、"カガリ隊長"には」

 ファロは大仰に手を振りながら笑って見せた。しかし、一方のカガリは至極不機嫌そうな顔でこちらを覗き込んでいる。その表情にファロはびくりと固まった。何かまずいことを言ってしまったか。そう考え出してすぐにその理由に思い当たり、ファロはまたやってしまったと後悔した。

「さっきは聞き流してやったけど、相変わらずわかんない子だねぇ。任務以外で隊長はやめなって言ってるだろ? なんかファロにそう呼ばれるのは『特に』こそばゆいんだっての!」

 ずかずかと歩み寄りながら捲し立てるカガリに、ファロは咄嗟に両手を前へ出して後ずさった。

「す、すみません! 一月ぶりにその格好でいるのを見たからうっかり! て、訂正します……感謝してます、カガリ姉さんには!」
「よろしい」

 カガリはにんまりと笑うと、再び何事も無かったかのように背を向けて歩き出した。
 もう少しで壁に背が付くところだった。女性でも少し長身のカガリが腰に手を当てまるでヤンキーの様に眼付けて来るのは、リアルに迫力のある光景だ。いつもの事なので怖いとは思わなかったが、どうしたらいいのかすぐに判断しかねる。
 じゃあね、とカガリが後ろ手にドアを閉めたのを見届け、ファロは小さく溜息を吐いた。

 そうだった。ホカゲはこんな理由で突っ掛かって来たりはしないが、カガリは"隊長"と呼ばれることをあまり好まないのだ。特に、任務時以外に知己の者に肩書きで呼ばれることを嫌っており、ホカゲなんて口喧嘩の際に悪意を込めて"カガリ隊長"と呼ぶくらいだ。
 そうした理由から、普段時ファロは"カガリ姉さん"と親しみを込めて呼んでいる。また他の団員にしても、どちらかと言えば"カガリさん"や"姐さん"と呼ぶ者の方が多い。それは彼女からの命令によるものか、心からの親しみから来るものか。これは確実に、後者だ。
 こう奢らず喜怒哀楽もはっきりしており、どんなに末端の部下だろうと親しみを込めて開けっ広げ接する人柄。これが、幹部の中で紅一点でも侮られず、むしろ慕われる所以であるのだろう。正直こういう点に置いては、ホカゲとカガリは非常に良く似ている、とファロは常々感じていた。
 もう七年来の、実の姉の様であり憧れの存在であるカガリを、何の気なしに未だに"姉さん"と呼べること。それは、ファロにとっても嬉しいことだった。

(七年前……か。そういえば、カガリ姉さんやホカゲ隊長はあたしの過去について本当に何も知らないのかな)

 ふと、唐突に三日前に会った謎の人物、『ギン』が思い出された。

―――――お前さん、昔ジョウトに住んでただろ?

 唐突にそんな事を聞いてきた、あの外観からしても忘れようの無い人物を。
 アジトへ戻ってからファロは、雪辱のためにもずっと己とポケモンの鍛錬に明け暮れていた。バンナイとの勝負と言いスコール襲来の時と言い、以前アジトで定期的な鍛錬をしていた時よりも体が鈍り、平和ボケしていた事実は少なからず彼女の矜持を抉ったのだ。
 しかしながら、そうした鍛錬の最中でもずっと忘れられず、頭の隅に引っかかり続けることがあった。それが、あのギンの言葉―――――そして、彼の手の平にあった物だ。
 ファロは、生まれてこの方『赤鬼荘』以外に定住した事は無い。正確には、『赤鬼荘』に定住した記憶しか無い。
 マグマ団で暮らしているのは、十歳から現在までの間の七年間だが、つまりそれよりも前……十歳以前の記憶がほとんど残っていないのだ。
 組織のアジトへ初めて来たあの日、気が付けばマグマ団のアジトにて目覚め、そこに総帥マツブサがいた。当然彼が誰なのかもわからなかったが、自分が何故ここにいるのかも、自分が今まで何をしていたのかも、自分が一体どういう人物なのかすらも、唯一つ自分の本当の名前を残してそっくり解らなくなっていた。
 なので、もしかするとその空白と成り果てた過去に、ジョウト地方に住んでいたことがあったのかもしれない。

(あの人が持っていた"あれ"がもし、ヘイズのお守りと同じ物なら……辻褄は合い過ぎるのよね)

 不思議な事だが、これまでの七年間自分の過去の記憶についてあまり気にしたことは無かった。聞いても誰も知らない上、口ぶりからして知っていそうな者はいても、決して教えてくれない。
 しかしそれで困っていたかと言えば別にそういうわけでも無い。言葉も十年の間に覚えた知識も慣習もしっかりと残っており、むしろポケモンバトルの知識については大人顔負けのレベルだった。
 唯一つ不利な点を挙げるとすれば、同僚が幼い時の思い出を語る時、あまり話に入り込めず俄かに寂しさを感じる事。共感も相槌の仕方も分からずファロ本人も当惑するが、それ以上に話し手がファロの身の上を思い出し、自責の念を抱いてしまうのがなんとも気まずく辛かった。
 それが原因で同僚達と仲違いをしている、などという事も別に無いので、これはこのままでもいいのだろう。
 しかし、不意に放り込まれた過去の断片かもしれない情報。取り分けファロ自身の事なので、無関心でいるというのは無理な話だった。

「今日終わったら、久々にヘイズのお見舞いに行こうか」

 ファロは右手を腰のボールに添え、左手でフードを目深に被った。





 同時刻、一般トレーナーはそうそう近づかないこの危険地帯に、無謀な姿で侵入している者があった。

「いや~絶景かな……!」

 平らな足場など有りはしない岩山の頂上。ギンは崖下に小さく見える、まるで閉鎖された集落の様なマグマ団アジトを見下ろしていた。
 結構な高度な上こうした山場では天気により横薙ぎに煽り、と風が縦横無尽に吹き荒ぶ。そんな中でもギンは畏怖する事無く、草履の片足を突起した岩に乗せていた。
 草履……そう、紛れも無く草履だ。しかもその服装たるや、ファロに面した時とまったく変わりの無い着物に羽織。決して、間違っても山登りするべきではない格好だった。
 現にその羽織も着物も腰より長い銀髪も、真っ直ぐ貫いてくる風に帆の様に棚引かされ、いつ体が吹き飛ばされてもおかしく無さそうな様子だ。それでも足を踏み外したりは愚か、ふら付くことすらも見受けられない。
 不意に、ギンは足元に転がっていた小石を拾い、崖下へ放り投げた。そして、その場に座りその様子を観察する。
 石自体はすぐに見えなくなったが、落ちて行くまでの間に幾度か見えない何かに当たり、その都度赤い光の線が出現しては消えた。

(対象を焼き切るレーザーないし、対象をサーチするためのもんってとこか……地質の研究のわりにゃあ大層なセキュリティシステムだわな)

 ギンは静かに立ち上がると、懐から一枚の葉を取り出し口元へ当てた。風の唸る音の中、独特なビブラートを持つ草笛の音が木霊する。
 それから数秒経たない内に、空を薙ぎながら一匹のポケモンが飛んできた。
 紙飛行機の様な白と赤のボディに、愛らしい琥珀色の瞳。そして胸元の青いトライアングルが特徴的なそのポケモンは、その小さな手でギンの腕を掴むとすぐに飛び立った。
 そのまま一気に高度を下げていき、乱流から解放された頃。ギンは安堵したように息を吐き、空いている片手で髪を掻き上げながら、自分をぶら提げ飛ぶ小さな飛竜を見上げた。

「ありがとよ、ラティアス。お前さんにまで断られたらどうしようかと思っていたから助かった。にしても、兄さんに内緒にして来ちまって本当に良かったのか?」
「きゅぅ~ん!」

 ラティアス、と呼ばれたポケモンは、ギンに答えるように外見そのままの可愛らしい鳴き声をあげた。

「ははは……確かにあいつも大層な堅物だものな。こりゃバレた時が恐ろしいわ」
「きゅ~きゅぅん?」
「ああ、適当にこの辺で降ろしてくれて構わんよ。後は段取りどおり、あの堅物をごまかしといてくれな?」

 ラティアスは元気良く返事をすると、デコボコ山道の中腹辺りでギンを降ろした。
 ギンが頭を撫でてお礼を言うと、ラティアスは花が咲いた様に笑う。が、何かを案じている様で、鼻先でギンの着物をつつき始めた。

「どうした?」
「きゅぅぅ……」
「なんだその事か。もちろん忘れちゃないさ。今度必ず持って行くと約束しよう。大丈夫だ、ちゃんとラティオスの分も持っていけば怪しまれないだろう?」
「きゅぅぅん!」

 ラティアスは再び満開の花の様に笑い、今度は螺旋を描きながら宙へ舞い上がる。ギンがそちらへ向かって大きく手を振ると、空に大きな輪を描き、そのまま遠く彼方へ飛び去った。
 彼女の姿が完全に消え去るまで見送ると、ギンはその蘇芳色の瞳を細く研ぎ澄ませた。

「さて、ここから先はどうしたものかな」

 その視線の先には、一つの岩山がある。




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