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第一章【火影と陽炎】 8

◆Useful Days ~陽炎のファロ~  第一章 PART8――離れ往くもの、近づくもの


                     
 日没を迎え、真夏特有の涼やかな風が肌に気持ちいい時間帯。
 ファロはホカゲ、バンナイと共にホウエンでも最大級の敷地面積を持つ、カイナ・ポケモンセンターへ来ていた。
 ポケモンセンターと言えば、まずはポケモンの治療・療養施設。そしてディスプレイテレフォンやボックス転送システムなど旅のトレーナーを援助するツールが整う、また彼らの社交場ともなっているユニオンルーム。更に、簡易宿泊施設。ミシロタウンの様に田舎から出てきたトレーナーにとっては、その三つが一つに統合された建物、というのが定石だろう。
 しかし、ここカイナのポケモンセンターの様に例外と言うのものも存在する。ここは、三つの大きな建物からなる巨大モール型のポケモンセンター。
 その概要は、まず普通のポケモンセンター丸一つ分くらいの体積はあろう、丸みを帯びた建物。地下と合わせて五階建てになるここは、メインの治療・療養施設だ。エントランスの案内板によると、どうやらここの一階の一部、地下一階、二階がユニオンルームとなっているらしかった。
 その左側には、入口から長いエスカレーターで繋がるドーム状の建物が見えた。こちらは、辺りが暗くなってから来たため遠目でもすぐにわかる。見えたのは、夜闇に浮かぶ煌びやかな『グローブノット』の電飾看板。『グローブノット』とは、『フレンドリィショップ』とは違い、国内各地ひいては世界各地のトレーナーツールを集めた人気のチェーン店だ。ファロもまたこのショップのファンであり、先日この店舗にも訪れていた。

 そして敷地に入りすぐ右側には、長方形が横たわった形の最も高層な建物がそびえている。
 三人が今いるのはここ、『簡易』とはお世辞にも呼べないセンター直営の宿泊施設。ここには宿泊施設以外にも個別型の休憩室が敷設されている。今後のことも含め障害無く話を交わすため、ここを借りようと提案したのはホカゲだった。
 しかし、これだけ大層なイベントが開催されているその当日。予約が一杯で今から行った所で立ち往生するだけではないか。そうファロは案じたが、変装して受付に立ったバンナイは速やかに鍵を持って戻ってきた。話を聞けば、どうやら彼もこのイベント目当てでカイナに来ていたらしい。宿泊用の部屋は取れなかったものの、偽名と変装を用いた上で早くから予約してあったのだとか。
 棒読みで誉め讃えているホカゲを見ると、きっと彼はそのことも見越した上でここの賃借を提案したのだろう。

「え、あれ全部ウソだったんですか!?」

 ファロが驚いて声を上げたのは、ホカゲがセンターに預けた荷物を持ち帰り、少し経った後のこと。
 数分前、ホカゲは自分の荷物と一緒に、ファロが拾った揺りかごも平然とした顔で持って帰ってきた。それを見た瞬間開いた口が塞がらなかったファロだが、やはり名残惜しさを感じていたその卵に再び出会えた、その事実にひとまず驚喜した。
 ホカゲによると、やはり彼にもあの手紙を解読するのは無理だったらしい。『卵を宅配に出した』と言うのは、降りかかる火の粉を払うためだけの単なる嘘。弁解する風でも無く、ホカゲは嘘を信じ込んでいたファロをせせら笑いながら語った。
 だが、ファロが驚いたのはその事ではない。発端は、ソファーに腰かけ黙々と依頼書に目を通していたバンナイが、ただぼそりと呟いた一言だった。ホカゲがスコールに言った言葉は、むしろ全てが嘘である、と。

「ああ、ただ一つ『バカールに改名すべき』ってのは真実だけどな」
「発信機を取り付けたっていうのもウソなら、じゃああの時の機械は……」
「コレか?」

 ホカゲは、ショルダーバッグの中から小さな長方形の機械を取り出した。アンテナが付いているのは気付かなかったが、それはまさしく"あの時"ホカゲが手に持っていた物に違いない。

「コレは、第二行動隊の知り合いから修理を頼まれてたラジコンのコントローラーだよ。どういうわけか団服のカバンに入ってたから一緒に持ってきたんだが、まさかあんな所で役に立つとはな、はははっ」
「さ、さすが……」

 無邪気に笑うホカゲに、ファロはその言葉しか出なかった。バンナイの時とまったく同じように。
 バンナイと言えば、とファロはふと先刻を思い出した。ポケモンセンターへ来る途中、浮かんで消えなかった一つの疑問を、ファロは思い切ってバンナイに聞いてみたのだ。以前任務で行動を共にした際は気付かなかったが、不意に見つけてしまった幹部の証。それが一体何を意味するのか。もしかして、とファロは自分の予想を吐き出してみた。
 果たして答えは、渋った顔をしながらも肯定だった。そしてバンナイは「形だけの」と付け加えて笑うと、そこに至る理由も説明してくれた。
 実を言うと元々ホカゲは副隊長であり、前三行隊隊長が一行隊に移ってしまってから、その穴埋めとして隊長に昇格した。それが一年くらい前。そこまではファロも当事者なので知っている。
 しかし、問題はその後だ。副隊長が空席になってしまってから、当然の如くその穴埋めもするために幹部会議が開かれ、何人かの候補者が推薦された。だが、元より若輩の多かった三行隊から候補者として挙げられた彼らもまた若く、ちょうど今のファロくらいの年代であったらしい。組織内でも人望の厚いホカゲの補佐役となることへの重圧もあり、そんな重役は担えない、と全候補者が棄権したのだという。
 そして、最終的には当時もっとも優秀な成績を挙げ、既にエリートの名を欲しいままにしていた彼が、半ば強制的に任命されてしまった、と。入団目的も歪で団員としての素行もよろしくはなかったが、ホカゲと年齢も近く親しかったことから適役と判断されたらしい。
 だが、幹部昇進など米粒程も興味の無かった彼にとっては心外この上なく、今も副隊長としての仕事はほとんどやっていないという。今まで通り難航極まるような任務を受けて密偵としての務めを果たすだけ。ホカゲはそれでも何も言わない。恐らくそれは、作戦の障害となる物を先に潰しに行っているも同然なため、結果副隊長の責務に帰結しているからだ、とバンナイは雄弁に語ってみせた。
 屁理屈な感じも決して否めないが、成る程、とファロはそれを聞いて納得した。
 頭を悩ませるべき難航なポジションを喜んで引き受けるバンナイに、次々と状況を把握し最善策を叩き出すホカゲ。この『流石』な才能の二人がいるからこそ、隊員が副隊長の存在を知らないような状態でも成り立っていたのか、と。

(それにしても……)

 ファロはちらりとバンナイに一瞥くれた。目立った任務の無い時とは言え、一つの行動隊のツートップがこんな所にいるというのはなんとも不思議な光景である。
 気が付けば彼はいつの間にか変装を解いていた。その肩にメタモンがいるのを見ると、恐らくまたその力を借りていたのだろう。
 片や紅茶を啜りながら依頼書を読み耽るバンナイ、こなた――いつの間にか部屋の隅に移動していたホカゲを見て、ファロは息を呑んだ。

「な、何してるんですか隊長っ!?」

 ホカゲは胡坐をかき、揺りかごから出した卵を軽く小突いたり耳を当てたりしていた。しかし突然のファロの剣幕に驚いたのか、一旦手を止めて固まる。

「な、何って……アクア団が狙ってた卵だぞ? 幹部の俺が気になって何が悪ぃんだ」
「気にするのはいいですけど、その方法が間違ってます! 普通小突いたりしますか!?」

 ファロはホカゲの手から卵を奪還すると、まるで壊れ物のように大事に抱えた。
 スコールが言っていたことに間違いは無く、その色は白と紺。まるで紺色の海から白い空へ飛沫が上がっているような、不思議な模様をしていた。

「ファロ、お前……もしかしなくても、その卵持って旅を続けるとか言うんじゃねぇだろーな……?」

 呆れ返ったホカゲの言葉が、ファロの背中を打ち、肩を震わせた。
 
「……」
「あのな、向こうの幹部格が狙ってたってことは、コイツは恐らく普通の卵じゃねぇ。例え中身が普通のポケモンだったとしても、持ってる限りお前は今日みたいな危険に晒され続ける。もう旅の定義がどうとか言ってる場合じゃないことくらいわかんだろ?」

 若干厳しさの増した言葉にも、ファロは唇を閉じたまま。
 正直、ファロにも自分の本意が肯定なのか否定なのかわからない。故に答えられなかった。
 着々と卵に湧いていた興味を捨てることはできない。だが、組織にとって重要になり得る物を、みすみす自分などが持っている訳にもいかない。
 片方の皿にマグマ団が乗るような天秤。それを傾けるのに何を迷う必要がある。だが、『謎』というものへの憧憬とはまた別に、どうしても譲れない最後の錘がそこにはあった。
 それが何なのか、なんてとっくに気づいている。ファロは自嘲気味にふっと微笑んだ。

「卵……もしアジトに持って帰ったら、どうなるんですか?」

 無意識に卵を抱き締める力を強め、消え入るような声で問う。そんなこと訊かなくとも分かっている。まずは科学班の方へ送られ、細部検査を受けるのだろう。
 ホカゲはすぐに想像通りの答えを口にするが、途中で何かに気づいたようで一旦言葉を切った。

「……『ヘイズ』、か」

 『ヘイズ』――その言葉がホカゲの口から出た途端、ファロは一瞬瞠目し、静かに目を閉じた。それを肯定と受け取ったのか、ホカゲは言葉を続ける。

「お前の言いたいことは良くわかるさ。けどな、今回はその卵よりお前の命の危険を考えるべきだ。あんまり言いたくねぇが、ここまでマークされた以上は一人旅も一度やめた方がいいだろ」
「……」
 
 ファロは再び静かに目を見開くと、今度はその勢いのままに立ち上がった。冷厳にこちらを見下ろすホカゲと目を合わせ、しっかりと抱き込んでいた卵を差し出す。

「ちょっと……頭冷やしてきます」

 卵と一緒にコリンのモンスターボールを外して差し出すと、ホカゲは呆れたように一息吐き、受け取った。

「わーったよ、変な奴に着いてくんじゃねーぞ」

 ファロは黙って一礼すると、そのまま部屋を後にした。





「まったく解せないな」

 バンナイは書類に目を向けたまま、溜息交じりに呟いた。卵を揺りかごへ戻していたホカゲは、そちらを振り向き眉を顰める。

「また女装かよ、ていう文句は聞かねぇぞ?」
「違う」
「『ヘイズ』に関してのツッコミも認めねぇ」
「もうホムラ隊長から聞いて知ってる」

 じゃあ何だ、とホカゲはぼやいた。正確には言葉に出していないが、こちらにぶつける視線が痛いくらいにそれを伝えている。バンナイは書類の端をとんとん、と打ち揃えると、それを静かに置いた。

「……ただ、部下を大事に扱ってるのか杜撰に扱ってるのか。お前の考えてることは本当によくわからないな、と思ってな。それだけだ」

 ホカゲは鼻で笑うと、バンナイとは反対側のソファーへ腰掛けた。

「何かと思えば……さっきファロを使って自滅させたことへの当てつけか?」
「俺がいった杜撰な扱いってのはそのことじゃない。何、お前とは逆に目に見えない真実ってのを考えてみただけさ」 

 バンナイはソファーにもたれ掛かるように大きく背伸びをし、そのまま話を続けた。

「お前、最初からアクアの連中が追ってきてること知ってたんだろう?」

 ホカゲはテーブルの上のマグカップを手に取ると、無言でそこにパックを放りお湯を注ぐ。バンナイはうんと反った背を戻し、今度はテーブルに頬杖を付いた。その目元に浮かぶのは、挑戦的な笑貌。

「そして、幹部を誘き出すのにファロを使った。それは奴らがあの子を狙ってると知ってたからだろう。今思うと、俺にあんな話を持ちかけたのも万が一の時にあの子を援護するため……じゃないか?」

 スティックシュガーを三本一気に空けながら、ホカゲもまた微かな笑みを浮かべた。

「さぁてな」

 一言だけ呟くと、紅茶を一口含んだ――が、飲み口に弾かれたようにカップを遠ざける。眉間に皺を寄せながら舌を出すその様子に、バンナイは吹き出し大声で笑った。

「はっはっはっはっ、天邪鬼な上甘党、ついで猫舌ときた……! 相変わらずだよなぁお前もっ……ていうか、この時期にホットティー飲もうとするか普通!?」
「るせぇっ! 氷入れんの忘れてただけだ!」
「おっと!」

 抱腹絶倒のバンナイに、ホカゲは持っていたコリンのモンスターボールを投げつけた。が、額に直撃する寸前で、近距離だったにも関わらず見事に止められてしまう。

「まったくファロと言いお前と言い、モンスターボールは人に投げつけるもんじゃないって教わらなかったのか? 思い出したらまた痛くなってきたじゃないか……」

 バンナイは溜息を吐くと、顔を顰めながら後頭部に触れた。つい先刻、無念にもファロのストレートボールが直撃した場所だ。

「ハハ、ありゃ見事な一球だったな。さすがポチエナ捕獲の免許皆伝」
「誰がポチエナだ」
「グラエナに組み敷かれてんのはなかなか様になってたぞー?」
「……お前いつから潜伏してたんだよ」

 ホカゲはまたはぐらかす様に笑う。だが、床のアイスボックスを引っ張り寄せると、今度はまともに答えた。

「少なくともお前より早くからいたよ。ファロがどういう手に出るのか少し気になってたしな。標的捕捉の"テレポート"に、メタモン使いに打って付けの"ふういん"。技の選択もタイミングも、中々だっただろ?」

 得意気に腕を組むホカゲ。モンスターボールをテーブルへ置きながら、バンナイは笑み混じりに頷いた。

「ああ。極めつけにはトレーナー自らモンスターボールで攻撃ってな。なんとなく、変則的な行動と言いお前に似てる気がするよ。きっと良い"ジョーカー"になるさ」

 ホカゲは否定もせず肯定もせず、ただ鼻で笑った。

「まぁでも、マジでお前を追い詰めちまった辺りは正直俺にも予想外だった。頭がちょっと残念ってのは勿体無いけどな」
「はは、そりゃIQ200のお前から見ればほとんどの人間が残念だろう」
「そういう残念じゃねぇっての。アイツは頭はそれなりに回るが、よく間違った所で行動力を発揮して困難に追い込まれるんだ。たぶん性分の問題だろうな」

 そのホカゲの言葉から、バンナイは先刻のある場面を思い出した。スコールに拘束され、手も足も出ない状態だと言うのに挑発するように啖呵を切ってしまったファロを。
 良く言えば、それがホカゲ乱入の絶好なタイミングとなったわけだが、彼女がホカゲの存在を感知していたようにも思えない。万が一ホカゲがいなかったら確実に命取りだったというのに。
 無策であんな言動をしたのであれば、確かに考えも浅墓で危険極まりない。

「ふむ、確かにな。ってことは要するに、『カガリ隊長』と『ホカゲ』を足して二で割った感じなわけだ、ファロは」
「なんだよ、その超理論は……」

 ホカゲはあからさまに嫌そうな顔をしてぼやいた。

「だってお前とカガリ隊長は、総帥がファロを拾うちょっと前から組織にいたんだろ? 今でも結構仲が良さそうな感じだし、兄妹みたいな関係だったんじゃないかと思ってな」

 露骨なまでに寄っていた眉間の皺が無くなり、ホカゲは苦笑を浮かべる。バンナイはその移り変わりに気づきつつ、言葉を続けた。

「それなら、二人に影響されてああなったとしてもおかしくはない」
「……なるほどな。お前にしては中々いい所を突いてくるじゃねぇか」
「だろ? で、もしそうなら、良い働きをした妹分のために一肌脱いでやってもいいんじゃないか、とも思うけど? 俺は」

 言いながら、コリンのモンスターボールを柔らかく放った。ホカゲはそれを受け取ると、そうだな、と一言だけ呟いた。
 右目を隠す長い金髪に隠れ、その表情はバンナイの方からではほぼ見えない。だが、いつもの叛骨的な色が消えて少し柔らかなものだった。

(『隊長』としての行動は相変わらずなものの、こいつもまた、前より人間らしくなったな)






「……はぁ~」

 ファロは今日一番大きな溜息を吐いた。周囲には世界中のポケモングッズやアクセサリー、ポケモンをモチーフにしたお菓子等、ブース状に分かれて様々なコーナーが設けられている。それらが結集するその内装は、『世界の絆(グローブノット)』の言葉通りに賑やか且つ輝きに溢れていた。
 茫然と頭の中に靄が浮かんだまま、ファロは気が付けばここへ足を運んでしまっていたのだ。
 自分のファッションにはあまり興味が無いものの、パートナーであるポケモン達に関係する装飾品には拘りを持っている。『グローブノット』は、そんな彼女の息抜きの場でもある。
 しかし、今回は本当にただ吸い寄せられるように来ただけで、商品に目が向いていなければ息抜きができている様子もない。広い面積をも埋めんばかりに多い買い物客の間をすり抜け ただ、無表情のままに店内を闊歩していた。

「わぁっ!」
「あっごめんなさい……!」

 言わん事ではないが、何処へ向いているかも知れない足取りに通行人が一人巻き込まれてしまった。ファロは慌てて、尻餅をついてしまったその少年に手を差し伸べる。若葉色の髪をした少年はファロの助けで立ち上がると、小声でお礼を言った。

「ぼ、僕の方こそ、ぼーっとしててごめんなさい。……って、そうだお姉さん! この辺りで、プリンみたいな赤くて丸い目をした女の子見ませんでした? 藍色の髪で白いワンピース着てて……多分うるさいペラップも一緒にいたと思うんですけど……!」

 どうやら誰かを探しているらしい。少年は立ち上がるなり、居ても立ってもいられない、という様子で辺りを見回し始めた。
 しかし、ただ彷徨うように歩いていたファロがそんな事を覚えているはずもなく、

「ごめんね。ちょっと見てないわ……見かけたら、君が探していたことを伝えておくね」

 こう言うしかなかった。
 そうですか、と少年は溜息交じりに呟くと、また謝礼と共にお辞儀をし、すぐにその場を後にした。余程大事な誰かを探しているのだろう。その様子は、失敬ながら昼間探知機を片手に人混みの中を右往左往していた自分に似たものがあり、少し笑みが零れた。
 少年の姿が見えなくなると、ファロは再び表情を消し、ぼんやりと歩きだした。
 彼女の悩みの最たる原因。それはもちろんあの卵をどうするか、ということである。しかし、考えに考える内にどんどん時間が遡り、今では昼間の失態への遺憾の思いで頭を一杯にしていた。
 
(こうウジウジするのはらしくないってわかってるけど、今回はちょっとなぁ)

 思えば昼間ミナヅキに遭遇して間一髪の所をホカゲに助けられ、その成り行きでバンナイを捕まえる手伝いをすることになった。最終的にまたアクア団の幹部に人質にされまたホカゲ、そしてバンナイにまで助けられる始末。
 こう何度も助けられてばかり、と言うのは、ファロ自身の矜持に大きく反する。それが例え、自分よりも遥かに優秀な二人によるものであったとしても。
 しかも、"しかも"だ。寸前まで追い詰めたものの、あと一歩の所で最終目的であるバンナイの捕縛にも失敗してしまった。結果としてバンナイも負けを認めたが、自力ではなくホカゲの所作があっての勝利だ。
 元々一人で彼を捕まえるということも身に余る任務だったのだから頑張った方ではあるが、ファロはどうしても煮え切らなかった。
 その理由は、彼女自身が一番良くわかっている。

(ジョーカー、か……まったく、いつも鞭ばっかりよこすクセに)

 それの意味する所は、切り札。
 口ではどうせ噛ませ犬扱いだ、単なる過大表現でしかない等と言っていた。言うだけでなく、頭もそう判断していた。
 しかし、心の何処かでは『期待されている』と歓喜した自分がいたのかもしれない。その片鱗が出たのが、バンナイを地に伏した後のあの気持ち。そう考えると合点がいった。
 だが結果としてその勝利への確信による歓喜は油断を生んでしまったのだ。
 あまりに唐突なスコールの奇襲だったが、煙に巻かれてから体が拘束されるまでに時間はあった。その間にナスカを出しておくことさえできれば、すぐに自力で脱出を試みることも可能だったはず。
 こんなあまりにも到らない自分が、アクア団の幹部が狙う程の重要なものを任されるなんて到底無理な話なのだ、とここへ来るまでに何度自分に言い聞かせただろう。
 気が付けば、店内でも奥の方に位置するモンスターボールのコーナーへ来ていた。

『話題のボールカプセル! エジプト限定のヒエログリフシールが遂に上陸!! ポケモンの登場をエキゾチックに飾ってみよう!』
 
 実質ただの紙だが、古い布のようなテクスチャが掛かる巨大なPOP。なんとなく、それに目が吸い寄せられた。

(ヒエログリフって、何?)

 カプセルシールにはあまり興味が無かったが、その言葉が何なのか気になった。気分転換にちょうど良いかもしれないし、折角だから少し見て行くのもいいかもしれない。そう思い、いざ歩き出そうとしたその時……

「わっ!」

 突然後ろから誰かに肩を掴まれた。驚いて振り返ろうとするが、どういうわけかその人物は密接という方が正しいほど予想よりも近くにおり、結果――

「へ?」

 どっしりと構えていたその胸板にぶつかり、バランスを崩してしまう。その時、僅かにお香の様な香りが鼻孔を抜けた。
 咄嗟に背後へ飛び体勢を立て直そうとしたが、その腕が掴まれてしまったので失敗に終わる。不安定な足取りのままなため、完全にその『誰か』に支えられる格好だ。

「そんなに驚くこともなかろうに」

 ファロは、自分の右腕を掴むその者の顔を見上げた。
 
「はぃ?」

 長い白髪の揉上げ……否、老人特有のものよりはしっかりと艶も輝きもあるそれは、銀髪と言った方が正しいだろうか。
 そして、少し彫りのある双眸に覗くのは暗みがかった赤い瞳。男の顔は精悍だが、目尻や頬の皺が年嵩を感じさせていた。
 しかも、その服装というのがまた、どういうわけか着物である。形状からしてよく時代劇の侍が身に付ける男物。その上から、紺色のこれまた和風な羽織を着込んでいた。お店の中は大分冷房が利いているので心配は無さそうだが、真夏にこんな厚着で出歩く人物は今までに見たことが無い。いや、その前に着物で出歩く人物というだけでもこの場所からは確実に浮いている。
 明らかに普通じゃない。その異様で威容な雰囲気に圧倒されかかるが、ファロは咄嗟にその手を振り払い、飛び退った。

「これは手厳しいな。まぁ、若い娘の肩にいきなり手を掛けちまったことは謝ろう」

 一歩離れてみると、その全様はまた違って見えた。
 銀髪は想像よりも随分と長く、どうやら腰の辺りで一纏めにしているらしい。そしてその相好に、ファロは一瞬釘づけになった。
 改めて見ると三十代半ば、くらいだろうか。間近で見た時よりは皺も見えなく、やはり眉目秀麗なその面。中々長身でしっかりとした体付き。格好や口調も相俟ってまるで舞台役者だ。
 だがはっきり言って奇怪で面妖な印象しかないその男。ファロは、えも言えぬ怖気に見舞われた。

「なんでそんなに怖がられにゃあならんかねぇ……」

 完全に敵と対峙する時のものであるファロの眼差し。男は溜息を吐くと、袖袋をまさぐった。袖の下から取り出したそれは、小さな紙袋。そこに描かれているのは、紛れも無くこの店のロゴだった。

「この通り、俺は普通に客としてここにいるんだ。察するに見た目で驚かれてるんだたぁ思うが、お前さんに何かするつもりは微塵もない。安心してくんな」

 男の口からは、見た目とはそぐわない、少し荒っぽいが朗らかな言葉が紡がれる。しかし、昼間にアクア団の標的として定められてしまった事もあり、無闇に相手をオールグリーンと判断することはできない。

「あなたは一体……? 私に何の用があるんですか?」

 少しだけ怖気も取り除かれたので、ファロは男に打診すべく質問を投げかけてみる。男は待ってました、とばかりに腕を組んで笑貌を浮かべた。

「俺の名は、まぁ"ギン"とでも呼んどくれや。見ての通り、ここに買い物に来た客だ。別に用って用じゃねぇんだが、ちょいと二つほど尋ねたいことがあってな」

 ギンと名乗った男は、無邪気に歯を見せて笑った。その表情からはまったく悪意など感じられない。
 もしかすると、本当にさっきの少年の様な単なる人探しなのかもしれない。ファロはボールに掛かっていた手を降ろし、訝しみながらもギンの話を聞くことにした。
 
「一つ目は、ちょっと連れとはぐれちまったもんでな。お前さん、この辺でまなじりの垂れた金髪の女人見かけなかったか? 年の頃は多分アラフォーくらいなんだが……」

 なんと本当に人探しだったらしい。だが、短時間にこうも連続で同じ質問を受けるとは、昼も昼なら夜も夜。なんとも珍しい一日だ。しかし、申し訳ないことに今日はその手の質問に対応する程の余裕が無い。

「たぶん、見てないと思います」
「そうか……。まぁ、ここは迷子センターもあるみてぇだし、なんとかなんだろ。ありがとよ」
「アラフォーくらいの女性って言いましたよね……?」

 ギンは冗談だと笑い飛ばすと、人差し指と中指、二本の指をお茶目に立てて見せた。

「そいじゃ、次な」

 言うと、ギンは暫し黙ってファロの顔を見つめた。顎に手をやり、何かを目算しているような眼差し。まるで透視するように降りかかる視線に、ファロが耐えられなくなるのは時間の問題だった。

「あ、あの……」
「やっぱり間違いないな」
「へ?」

 ギンは片眉と口角を吊り上げると、今度は懐を探り、何かを取り出した。握り拳に掴まれているそれが何かはわからないが、手品というわけではなさそうである。

「お前さん、昔ジョウトに住んでただろ?」
「は?」

 さっきから間の抜けた声しか出せていない気がする。が、しかし如何せんギンの言うことが意味不明過ぎるのだ。少なくともジョウトに住んでいた、そんな記憶はファロには無い。
 だが否定する前にギンが握っていた手の平をやんわりと広げる。それを見るなり、ファロは言おうとしていた言葉を引っ込めた。

「そ、それって……!」
「やっぱり、知ってるのか?」

 その手の中にあったのは――――

「この……バカっ!」

 それが何だったか思い出した瞬間、急に関節が軋むくらいの勢いで腕を引っ張られ、ファロは小さく悲鳴を上げた。そのまますっ転ぶ訳にも行かず、咄嗟に引っ張られる速度に足を追いつかせる。

「なっ隊長!?」
「んなデケぇ声で隊長言うな!怪しまれんだろーが!」
「そっちの方が声デカいし……ていうか痛い痛いっ!」

 乱暴にも程がある勢いでファロを連れ出したのは、ホカゲだった。足を取られそうになりながらも後ろを振り向くと、さっきのままの位置と体勢でギンは突っ立っている。しかし、入口の方へ向かう角を曲がり、すぐその姿も見えなくなってしまった。空気が涼しく身を摩るのを感じながら、ピカチュウやピッピのぬいぐるみが並ぶコーナーをあっという間に突き抜ける。
 そしてエントランスに差し掛かる直前、再び罵声が降ってきた。

「俺、出てく前に変な奴に着いてくなっつったよな!? 昼間二度も狙われてんのに、っとにわかんねーヤツだな!」
「小さい子供じゃないんだから、危ないと思ったら自分の判断で逃げてますよっ!」
「じゃああの全身時代錯誤も甚だしいオッサンは危なくねェと!?」
「ああもうっわかりました! わかりましたから……わかったから放してよ! 本当に痛い! 痛いからっ!」

 怒声罵声を飛び交わしながら一直線にエントランスを抜ける二人。他の買い物客やそのポケモン達は、唖然としながらその様を見送り、軟風を浴びた。
 囁くような声で何だあれは、と漏らす人々の傍ら……

「どうしたんだろうねぇ。ケンカしちゃったのかな?」

 モンスターボール型のアイスキャンディを舐めていた少女は、その大きな赤い瞳を瞬かせた。その頭に一羽のペラップが停まり、呆れ文句を吐き捨てる。

「あーあー、どーせガーディも食わねぇようなヤツだろ」
「ケンカって食べられるの? おいしいの?」
「あー……」

 見事に言葉の綾を突いた質問。妙に饒舌なペラップですら次の句を呑み、八分音符の冠をだらりと下げた。





「あらギンさん。ようやっと見つけましたわぁ」

 滑らかで独特な抑揚の付く声が、背後から耳を打つ。ギンはその声の主を振り返ると、眼を細めて一息吐いた。
 紫紺の着物を纏い、その袖先で口を隠しつつ雅に微笑む女性。それは、まさしくギンの探していた人物だった。

「ツバキ……お前さん、随分遅かったじゃないか。おかげで通行人から注目浴びるわ記念撮影を頼まれるわ、散々だったぞ」

 ツバキと呼ばれた女性は困り顔で朗らかに笑う。ゆるりと肩口で結われた浅黄色の髪が揺れた。

「それはこちらの台詞です。ギンさんこそ、なしてこんな所に立ってはるんです? 私は二階の憩いの場で待ってます言いましたに」
「はぁ? 場所なんて指定してたか? てっきりお前さんも買い物へ行ったものかと……」
「それはギンさんが聞いてはらなかったんと違います?」

 穏やかな笑貌を浮かべてはいるが、まるで有無を言わせる気はない。そう圧力を掛けるような気迫が滲み出ていた。
 ギンは沈黙の末悪かった、と一言呟く。ツバキは袖口をギンに向けて振り、苦笑した。

「いややわ、そんなに気を落とさんと……。それはそうと、さっきの娘さんはどないしはったん?」
「なんだ、やっぱり視てたのか……」

 ツバキは、目を細めて遠くの方を見渡した。

「こうでもせな、見つかりそうもあらへんでしたから。ほんに、このお店は広いですわぁ」

 ギンは、手の平に乗ったままの"それ"を再び握り、懐へしまい込んだ。ツバキは、一瞬見えた"それ"を見逃さなかった。紫苑の瞳を見開き、ギンの袖を掴む。

「……もしや、あの娘さんが?」
「まだ確証はねぇがな。ウツセの方はなんとかやっていそうだし、俺は引き続きこっちを当たろうと思う。お前さんはどうする?」

 ツバキは袖を離すと、ギンの横を通り過ぎ二、三歩進んだ位置で止まった。

「私は、いっぺんジョウトへ戻ろう思うてます。突然出てきてもうたわけやし、そろそろ息子が心配してる頃やと思うて」
「俺はそうは思わないがな」 
「何か言わはりました?」

 ギンは、振り返るツバキとタイミングを合わせて目を逸らした。それを見たツバキはぷっと小さく吹き出し、再び背を向ける。

「それでは、朔月の夜はお気をつけなはるよう」
「それはどちらの意味でだ」
「ほんにいややわ。闇討ちなんて怖いこと、考えるはずもありまへんて」

 それだけ言うと、ツバキは半身のみ振り返り、袖口を反対の手で持ちながら別れの合図を送る。ギンはそれに応え、袖袋で組んでいた腕を片方出して挙げた。









 たった一人で大地へ飛び出し、たった一人で海から、空から、星月から学びを受ける。 
 そしてただひたすらに、地平線を目指して歩み続ける。自分が旅往く"理由"と"答え"、その先の"真実"に辿り着くまで。
 例え予期せぬ出来事に遭遇しようとも、
 例え天を貫くほどの壁に突き当たろうとも、
 例えその先に、危険と隣り合わせの真実しか待ち受けていなかったとしても。
 まるで映画の主人公のような気分になれる、そんな有意義で気ままな旅に憧れていた。

 けれど、世界へ出て識る真実というのは取り留めも無く、そして隔て無い。
 地平線ばかりを目指すこの時は、まだ知らなかった。

 自分の影の中に、その真実の一つが眠っているということを―――――――






         **********第一章【火影と陽炎】・完***********
 


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糸葉ろあ

Author:糸葉ろあ
豆柴に埋もれて死ぬのが夢な物書き志望

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