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第一章【火影と陽炎】 7

◆Useful Days ~陽炎のファロ~  第一章 PART7――驟雨(スコール)到来


                     


 バンナイの指示で、今はコリンの姿を借りたメタモンが六つの尾を扇状に広げた。
 ファロは、この瞬間を待っていた。バンナイを追い詰め、勝敗がポケモン同士のバトルに懸かるこの状況。その中でも互いに拮抗し合い、相手が先手を取ろうとするこの時を。
 メタモンが"おにび"を発動する直前。その一瞬のみに、ファロは狙いを定めた。

「コリン」

 ファロが名を呼ぶと、コリンは一度構えを解き無防備の状態となった。そして、瞑想するかのように目を閉じる。
 一方でバンナイは、それを好機と見たのかメタモンに合図を下した。『ロコン』の六つの尾に、それぞれ一つ紫苑の火の玉が灯る。バンナイの表情に余裕が溢れているのを見ると、恐らくこちらの思惑にも気付いていない。

(今だ……!)

 させるものか。そう言うように、ファロは前方へ手をかざした。
 コリンの周囲に、青紫色をした蛍火のような粒子が立ち上る。その現象は、同時にバンナイのメタモンにも起きていた。蛍火はメタモンの周囲に光りの円となり、その体を締め付ける様に収束していく。そのままメタモンの体を縛り付けるかと思われたが、その円はぴたりと皮膚に接すると同時に、体内へ溶け込む様に消えていった。
 一体何が起きたのか。メタモンはその場にうずくまり、発動寸前だった鬼火も瞬く間に掻き消える。

「そのまま追撃よ!」

 今の技が一体なんだったのか、バンナイにも分からなかったが、即座に仕掛けてきたファロの号令に、その考えも中断せざるを得ない。

「応戦しろ!」

 再び互いの"じんつうりき"がぶつかり相殺される……否、そうはいかなかった。
 負けじと体勢を立て直そうとしたメタモンは技を発動しようとした。が、ポッポが豆鉄砲を食らった様な表情のまま硬直してしまう。まるで見えない何かに体を拘束されているようだ。そうしてそのまま、為す術も無く"じんつうりき"の力場に捕われた。
 それを見届けると同時に、ファロはバンナイ目掛けて地を蹴った。

「なんだとっ!?」

 テレポートで強制移動させられた直後も余裕の笑みを浮かべていたバンナイが、ここへ来て初めて焦りを見せる。ファロの狙いはこれだった。最初に現れた時もそうだが、彼は飄々とし余裕を見せている様で、その場その場の対応力があり抜け目ない。絶対に成功すると思ったテレポート作戦の時も、恐らく飛ばされる直前に一度は焦ったがすぐに次の行動が叩き出されていたのだろう。
 そんなバンナイを狙うなら、焦ったその瞬間。それを逃したとしても、焦りで前が見えていない間しかない。
 そして、焦燥を生み出す手段としてファロが思いついたのが、コリンの使える技、"ふういん"。それは、コリン自身が覚えている技を相手も覚えていた場合、それを封じ使えなくしてしまう特殊な技。
 戦闘において変身した場合、相手の技も特性も何もかもをコピーして戦うメタモンに取って、まさに最強最悪な効果を持つものだった。
 予想通り、バンナイにとってメタモンがまったく身動きを取れなくなることは想定外だったらしい。この最後でもあろう好機をものにできるかどうか。そこに勝負は掛かっている。

「くっ……戻れ、メタモン」

 しかし、それでもバンナイの判断は早い。メタモンを戻すと、どうやらコリンの立ちはだかる廃材の山は諦めたらしく真逆の方向へ逃走した。少し離れてはいるが、バンナイの向いた先にもう一つ砦の外へ脱出できる道、もう一台のクレーン車がある。
 もう一歩の所で手が届かなかったファロは、ナスカのボールに手を掛けた。今ならナスカの力でバンナイの前に飛び出せばまだ大丈夫かもしれない。その時、ふと脳裏にホカゲの言葉が過ぎった。

"まさしくポケモンだあんなヤツ! ファロ、ボールで捕まえちまえ……!"

 ファロは、咄嗟にナスカとは別のモンスターボールを手に取った。

(ナイス、ホカゲ隊長……!)

 そのまま大きく体を開き勢いを付けると、渾身の力を込めて―――

「行っけぇぇローラァっ!!」

 ――投げた。綺麗なオーバースローが決まり、その直球は逃げるバンナイの頭へ……

「っ痛ぇ!」

 まさに漫画だったら『すこーん』と言う擬音。それくらい景気の良い音を立てて直撃した。
 空中へ跳ね返ったボールはそのまま解放され、咆哮と共にローラが現れる。咄嗟に頭を押さえ片膝を付くバンナイの頭上に、ふっと影が落ちた。

「……はは、マジか」

 気付いたバンナイは諦めたように苦笑する。
 直後、技ではないがローラの"のしかかり"が決まり、最強の密偵は為す術も無く地に伏せた。
 体躯は体長約1メートルのグラエナの方が負けるが、進化形態であるその力は中々のもの。両腕両足をその鋭い爪を持った四肢で抑えられ、最早格闘技でいうマウントポジションだった。

「やった……!」

 観念したようで抵抗を見せないバンナイを見て、ファロは口元を綻ばせた。
 ようやく捕まえた。恐らくホカゲとしては噛ませ犬に過ぎなかったであろう自分が、見事に標的を捕えたんだ。ファロは歓喜と疲労の混じった笑みを浮かべ、バンナイの元へ走る。
 対するバンナイは、腕は動かせないので手のみを持ち上げ、参った、と笑った。
 しかし、駆け寄るファロから僅かに視線をずらし『それ』を見てしまった彼は、その表情を一瞬にして凍りつかせる。
 
「これは……! ダメだファロっ! そこで止まれ!!」
「え?」

 刹那、小さな爆発音と共に粉塵が舞い上がり、ファロはそれに巻き込まれて見えなくなった。
 勝利を確信したことへの油断。バンナイの剣幕がただ事でないことは察知したものの、ファロはそれを瞬時に汲み取る思考が回らなかった。
 爆風と一緒に押し寄せてきた砂埃で、バンナイとローラはむせ返る。小規模ではあったが、この場を撹乱するには十分過ぎた爆発。その硝煙が晴れた時、現れたのは目を疑う……否、バンナイにとってはまさに少し前の予想が的中した光景だった。

「な……なんなのコレ?」

 ファロは、突然の事態に声を震わせた。まったく身じろぎ一つできない。恐る恐る視線を下げると、その両腕を、その両足を体に密着させた状態で、不気味な黄土色のツタが己を拘束していた。そして背後には、彼女の身長とほぼ同じポケモン……ドククラゲが目を光らせている。幾重にも絡まるツタは、猛毒を持つドククラゲの足だ。
 これは最早勝敗がどうこう言っている場合ではない。速やかにバンナイを解放するローラ、そしてファロと共に駆けてきたコリンは、主人を助けるべくドククラゲに攻撃を仕掛けようと身構えた。だが……

「おっと。それ以上動けば、オマエ達の主人は毒針にその身を貫かれることになるゼ?」

 嘲り見下す様な野太い男の声。そして独特な、ねちっこい訛りのあるイントネーション。すぐ隣にあった低い廃材の山から、その声の主は姿を現した。バンナイに見えたのは、夕陽で伸びるこの男の影だったのだ。 
 
「くそ、もう少し早く気付いていれば……」

 身を起こしながら、バンナイは忌々し気にその男へ目を向けた。
 姿を現したのは、下睫毛の目立つ欧米風な顔立ちの男。短く切った芝生の様な金髪と碧眼を持ち、その野太い声に違わず剛健な筋肉質の体をしていた。そして、丸太のように太く筋骨の陰影がくっきり浮き出た腕には、アクア団のシンボルである青いバンダナ。ジャケットまで来ている所を見ると、幹部格に間違いない。
 にかっと白い歯を剥き出し笑うその顔は、まるで鋭利な刃物のように危険な輝きを放っていた。

「お前は確かスコール……だったか」

 その名を先に呟いたのはバンナイだった。立ち上がり、衣服に付いた砂を手で払い落としながら、突然湧いて出たアクアの男を睨みつける。ファロはそれを見て目を丸くした。その眼差しは、先刻までのお茶らけたものとは訳が違う。別人ではないかと思う程に峻厳だった。

「ハッハァ! オマエは確かマグマの密偵……そう、バンナイだったナ。さっきの茶番は楽しかったゼェ? まさかオマエともあろう者が小娘ごときに屈服させられるとはナ。おかげでムダに気の回りそうなその小娘も一発でガッチャよォ!」

 男は背を反らし、下卑た哄笑を上げた。

「同僚を小バカにするのはやめてもらおうか」

 バンナイはボールを器用に放りながら手に取ると、投げずに開閉スイッチを押しメタモンを肩の上へ出した。

「おっとォ、動くなっつーのはオマエも同じだゼ? ソレに今回はオマエと遊びにきたんじゃネェ。用があンのはこの嬢ちゃんだけだからナ」
「え、あたし……?」
「オウ、そうとも!」

 ファロは突然指差され、きょとんとした。やっぱりそうか、と呟くバンナイはどうやら面識があるようだが、ファロにとってこのスコールという男は初対面。一体何の用だ、と聞き返してやりたくなったが、その時ふと昼間の出来事が頭に浮かんだ。
 
(まさかあのミナヅキって幹部が……!?)

 だがそうだとすれば一体何故。ファロは確かに彼女の部下を三人伸した。が、あの場にアクア団が策を構えていた理由など確信に迫る情報に触れる前にミナヅキが現れた為、結局は逃げただけでしかない。
 それとも、例えそれが瑣末な接触でも敵であれば見た者を葬らなければならない、それ程に重要な作戦の途中だったのだろうか。
 しかしてその理由は、真っすぐ予想の斜め上を行くものだった。

「嬢ちゃんあの海辺で、揺りかごに入ったタマゴ拾ったダロ?」
「は?」
「だかラ、タマゴだヨ。拾ったはずだゼ? ネイビーブルーとホワイトのツートンカラーのヤツ。話はベリィイージー、ソイツを渡しゃいいってだけサ。そうすりゃ放してやるからヨ」

 間違いない。この男が言っているのは、昼間海に浮かんでいたあの揺りかご、そしてその中に寝かされていた卵のことだ。確かに今思い出してみれば、白地に紺の模様が入った物だった。
 ふとその時、バンナイと視線が合った。彼は真剣だが、さっき男に向けたものよりは角の無い眼差しでこちらを見つめ、左右に小さく首を振った。
 
『何か知っていても話すな。シラを切れ』

 ファロにはその挙動の意味が瞬時に理解できた。
 マグマ団第三行動隊、つまり特殊工作部隊における掟の一つ。『万事黙殺』。
 自分の組織における事。敵対組織であるアクア団にとって収穫となり得る事。そのどちらについても一切口にしない。正確には、『何を聞かれても誤魔化し通せ』というものだ。
 幹部格が取り返しに来る程重要なタマゴなら、当然アクア団の海洋拡大計画の大きな布石となる物に違いない。もちろん、言われなくてもそうするつもりだった。幾ら命の危険に晒されていようとも、組織の一員としてのプライドがある。
 しかし、思い返してみるとタマゴのことを聞かれた瞬間、心境の変化が大分表に出てしまっていた気がしなくもない。

「……う~ん。よく思い返してみたんだけれど、まったく覚えもないわ、そんなの」

 とりあえず、表情の起伏は一生懸命思い出そうとしていた。そういうことにしてみるべく、ファロははにかむ。
 対してスコールは、仏頂面でファロの方へずかずかと歩み寄り、覗き込むように睨みを利かせた。

「ダウト。つぅか、コッチはカイナのポケモンセンターでオマエさんが持ってるの見てんだヨ。ネタは上がってんダ、とっとト出しナ!」

 凄むと同時にばん、と音を立ててドククラゲの傘を叩く。ドククラゲが一瞬びくりと震動したのが、絡み付く足からファロにも伝わった。恐らく日本の刑事ドラマか何かの真似だろうが、取調室の机にされたドククラゲは大層迷惑だろう。

(ていうか、そこまで決定的瞬間を見てるなら最初から言いなさいよ!)

 ファロは先の無意味だった演技のこっ恥ずかしさが込み上げた。それにしても、この男の言っていることは何かがおかしい。
 今すぐに出せと言うが、今この場所に揺りかごがあったとすれば、自由を奪われたファロがそれを守ることは不可能。とっくにスコールの元へ渡っているはず。少なくともこの場に無いのは一目瞭然だ。まさか、モンスターボールに閉まっていると思っているのではなかろうか。もしそうだったら逆にどうしよう、とファロはえも言えぬ不安を抱く。そして、同時にふざけているような男の態度に沸々と苛立ちが湧きだすのを感じた。
 返事をしないファロに業を煮やしたらしく、スコールはまたドククラゲの傘を叩く。

「オラ、そんなに毒ブチ込まれてぇカ!?」

 こちらの思いも知らず繰り返される一本調子。ファロの中で、とうとうプツリと何かが切れる。

「うる……さいな……! この状態で出せるわけないでしょ!? その前に、もし今持ってたとしたらこの時点でとっくにアンタの手に渡ってると思うんだけど? そんなこともわからないでなぁにが幹部よ! バッカじゃないの!? 」
「ナッ……! こんの小娘……言わせておけばァッ!」

 ファロは、いつもの癖で言ってしまってから後悔した。このスコールがあまりに幹部らしくないせいもあるが、今の自分の状況をすっかり失念してしまうとは。
 怒りのままに、スコールは右腕を振り上げる。防御の仕様が無いファロは、来る衝撃に備えて恐怖に目を瞑った。

「まったくもってファロの言う通りだな。いい加減バカールに改名したらどうなんだよ?」

 衝撃は来なかった。その代わり風を劈くような音が耳元を横切り、同時にスコールのくぐもった声が聞こえた。
 ふわりと髪が踊り、全身を風が付き抜ける。
 ファロは恐る恐る目を見開いた。さっきまで視界を遮るくらいに見えたスコールはもうその場所にいない。後ろを振り向くと、一瞬にしてかなり離れた距離まで移動し、うずくまっていた。上げたその面は、まさしく鬼の形相。

「Shit……幻影のホカゲかァ! ドククラゲ、 もういいその小娘を殺……」
「おいおいそれじゃ、本末転倒だな」

 スコールの吠える様な怒声を遮ったその声は、バンナイだ。バンナイもまた、さっきまで居たはずの位置から消えていた。しかしその声の出所を目で追ったその時には―――

「ナスカの力、借りるぞ」
「へ……!?」

 突然体が青い光に包まれたかと思うと、ファロの視界に目一杯の夕焼け空が広がった。隔壁に遮られて見えなかったはずの海。眼下を見下ろせば、先刻自分を拘束していたドククラゲとスコールが、共に地に這いつくばっていた。どうやらコリンとローラが対峙しているらしい。そして、何故かクレーン車までもが自分よりも下にある。これはつまり……。

「やば……ッ!」

 今まで居た場所の遥か上、恐らく十メートル近くは優にある上空へ放り出されていた。あの一触即発の極限の状態からは解放されたものの、これでは危機的状況は変わらない。
 ファロは重力をその身に感じながら、急いでボールに手を伸ばす。しかしその時、突然両肩を何かに掴まれ落下が止まった。

「やっぱ"へんしん"の対象がいないとコピーした技も不完全だな。上に吹っ飛ばしてどうすんだよ」

 声のする方……少し下を向いてみる。すると、廃材の山の上に先刻連絡を絶ちそれっきりのホカゲが立っているのが見えた。赤い外衣に黒いズボン。よくよく見ると彼の格好は、派手なアロハシャツからマグマ団の装束に変わっている。
 落下から救い出してくれたのは、ホカゲのオオスバメだったのだ。

「はは、"テレポート"が発動しただけでも大目に見てくれよ。普通のメタモンなら、目の前にオリジナルがいなけりゃ技を使うことすらできないんだぞ?」

 眼下に目をやると、いつの間にかゴルバットに肩を掴ませて飛ぶバンナイの姿があった。目を凝らすと、その肩にはもう一匹……

「あれ、ナスカ……?」

 慌ててボールホルダーを確認しようとするファロを見て、バンナイは思わず吹き出した。それが合図となり、バンナイの肩にいるネイティは光を伴いながら元の姿……メタモンに戻る。

「俺のメタモンは、ちょっと前に見てたヤツくらいなら模範が無くても化けれるのさ。見ての通り、技も不完全だが多少は使える」

 自慢げに話すバンナイのその姿もまた、マグマ団の赤い装束だった。いつの間に着替えたのか、なんて最早バンナイにする質問ではない。
 以前見た記憶に違わず、ダメージカットになったギザギザの外衣と言い、片方だけ折り込んだズボンと言い、やはり相当着崩している。今改めて見てみると、これは何とも彼らしい。そんな気がして、ファロはくすりと笑った。
 だが、視界の端で僅かに蠢くスコールの姿を捉えるなり、ファロは即座にボールへ手を掛ける。しかし――

「ファロ! 組織として動くんならまずはその服装をどうにかしろ」
「え、でも今はそんなこと言ってる場合じゃ……!」
「大丈夫だ。どの道これ以上長くここにいるのは危険だからな。さっきの爆発で、たぶん警察も感づいてるぞ」
「なラ! それまでにオマエらまとめて畳んでやるまでダ!」

 二発もまともな攻撃を喰らったにも関わらず、立ち上がったスコールもドククラゲもさしたダメージを感じられない。一応幹部なだけはある、とファロは心の中で感嘆した。
 一方でホカゲは、廃材の山から降りるとスコールと対峙し、不敵に笑ってみせる。そして懐を弄ると、得意げに通信用の子機に似た機械を取り出した。

「住宅地の方へ潜伏していたお前の部下に、それぞれ発信機を付けさせてもらった。ちょうどつい最近開発されたこの超遠距離型の動作確認も兼ねてな」
「ナっ!?」

 ホカゲのその一言で、スコールは明らかに目の色を変える。 

「ミナヅキやお前が動いてるってことは、相当重要な案件が動いてるってのは間違いなさそうだ。なら、そっちの工作専門であるお前ら『宵の冥海(サイレンスブルー)』の対策支部とやらも、またどっかに設けられてんじゃねーかなぁと思ってよ」
「フン、それなラ……」
「ちなみに、この新型は本部のメインコンピューターに直通してるからコイツを壊しても意味ねーからよ。 まぁ、これを信じるか信じねぇかってのはお前の自由だ。だが、今俺……引いては本部の連中にその場所がバレる可能性、それを賭けにすんのは、ちぃとリスクが高過ぎなんじゃねぇのか?」

 蛇に睨まれた蛙とは、この事を言うのだろうか。
 ホカゲの煽動とも取れる言葉の一つ一つが、まるで相手を陥落する言霊の楔。あれ程周囲を顧みずに怒鳴り散らしていたスコールが突然殊勝な態度を取り始めたことに、ファロは少し驚いた。
 スコールは、苦虫を噛み潰したような顔で舌打ちすると、腰に下がっていた青いモンスターボールを手に取った。

「……たく使えねぇ部下共だゼ」

 無言でドククラゲをしまい、今度は別のボールからペリッパーを放つ。大男のスコールの隣だと錯覚で分かりにくいが、そのペリッパーは通常よりも少し大きめの体躯をしていた。

「いいだろウ、この場はいったん引いてヤルヨ」
「おぅ、ちょっと待て」

 肩にペリッパーを留まらせ、早々に飛び去ろうとしたスコールを、ホカゲは呼び止めた。

「お前がさっき言ってた例の卵だけどな……一緒に手紙が入ってたもんだから、てっきり落し物かと思ってその宛先に送っちまったよ。詳細は覚えてねぇが、確かジョウト地方だ。当てがあんならそっちを浚ってみるんだな」

 この言葉には、ファロも内心驚いた。否、ホカゲのことだからハッタリと言うのもあり得る。どうやらそれは、スコールも同意見の様だった。

「ハン! ごテイネイに。どーせハッタリだろ?」

「こう見えてもハッタリはあんま得意じゃねぇよ。こっちだってちょうどデカい案件任されてんだ。持ってもいねぇもん付け狙ってくる連中なんざいちいち相手にしてらんねーよ、アホらしい」

 吐き捨てる様な物言いに迷いは無く、それが真実ではないかと言う疑心の方が強くなる。確かに、ホカゲならあの手紙を解読できる知識を備えていてもおかしくはない。しかし、ファロは少しだけ名残惜しい気持ちになった。
 一月前から自分一人の旅を始め、ようやく出会えた旅の醍醐味。確かに拾ったその時は動揺したが、段々とあの卵への興味が湧いて来ていたのだ。

「フン、なら勝負はそン時までオアズケだナ! 楽しみにしとくゼェ! ……まったく、あんのクソガキが来てから余計なことばっかり起きヤガル」
 
 最後に苦悶の表情で言い捨てると、スコールはペリッパーに片手で合図する。大男のスコールをぶら提げ、これまた大きめなペリッパーは紺藍の空へ飛び立った。その姿は隔壁を越え、瞬く間に見えなくなる。
 空中で次手に備えていたバンナイは、それを見計らうように地上へ降りた。そして、更にそれを待っていたらしい、ホカゲは静かに右手を上げた。

「バンナーイ」

 ゴルバットをボールへ戻していたバンナイは、呼ばれるままにそちらへ注目する。

「頭上注意」

 にやりと口角を上げ、ホカゲは指を打ち鳴らした。言われるままに頭上を仰ぎ、バンナイはぎょっと目を剥く。
 なんと、今まで上空でファロを掴みホバリング飛行していたオオスバメが、突然その足を離したのだ。

「きゃっ!?」
「なっホカゲ!?」

 卵のことでぐるぐると思考を巡らせていたファロは咄嗟の対応が出来ず、真っ逆様に地面を目指す。昼間、ホカゲに落とされた時とは比べ物にならない高さからの落下。このまま落ちれば、それなりの負傷は免れない。
 脱兎の如く駆け出したバンナイは、ファロの落下地点を見据えて大きく踏み切る。その軌道を読む目に寸分の狂いも無く、バンナイは空中で難無くファロの体を受け止めた。
 
「び、びっくりした~。……えぇと、ありがとう。バンナイさん」

 ファロはきちんと自分の足で立つと、小声で礼を言った。そこへ事の成り行きを見守るしかなかったコリンとローラが駆け寄り、ファロは二匹をしっかりと抱きしめる。

「どういたまして。にしてもまったく、またホカゲは無茶なことを。もし俺が間に合わなかったらどうする気だったんだ。まぁ、そんなことはあり得ないが……って、あ……」

 不意に、バンナイは自分の手の平を見つめて固まった。

「ふっはっはっは、勝負あり。名誉のオウンゴールだな」

 意地悪く失笑するホカゲ。それを聞いて、ファロははっと思い出した。
 このゲームの勝利条件は、自分がバンナイの体に触れること。先刻追い詰めた時には結局それを満たす前にスコールが乱入してきたので、まだ勝った事にはなっていない。
 しかし意図した訳では無いが、たった今それを満たし、勝利が確定したことになったのだと。

「……仕方ないな。久しぶりにアジトへ戻るとするか。潜入任務の依頼書は?」
「ポケモンセンターに他の荷物と置いてきちまってんだ。俺はお前みたく早着替えできねーし、その辺で着替えて追うから先言ってろ」

 だが、それはあくまで自分を助けてくれた為の結果だ。ファロは居た堪れなくなり、慌てて言おうとした。今のはノーカウントだ、と。
 しかし、その心中を察したかのようにバンナイは微笑み、ファロの頭へ手を置いた。

「どっちにしたってスコールが乱入してなけりゃ俺の負けだった。それに、勝敗なんて関係なく充分楽しませてもらったからな。俺の目的は大いに達成できた」

 バンナイは、今度はオオスバメに変身したメタモンの背に飛び乗った。続いてホカゲも、降下してきたオオスバメに飛び乗る。

「そろそろホントに危ねぇ、とにかくずらかるぞ。ファロ、お前は着替える必要もねぇし、付き添いがてらバンナイと先に行け」

 ちゃっかりナスカの"テレポート"を使おうとそのボールを選んでいたファロは、すぐにはい、とは頷けなかった。

「えぇ~それじゃヒメがかわいそうじゃないですか。今日ずっと飛んでたのに」
「アホか、チルタリスはドラゴンタイプなんだぞ? 特性の"しぜんかいふく"も相まってとっくに復活してるはずだ。てか、さっきからあっちの屋根の上で寝てんぞ」
「あちゃぁ……」

 言い返す言葉も無く、ファロは顔に手を当てた。その時、微かに風に乗ってサイレンの様な音が耳を打った。

「っと、この距離だと五分ってとこか。一緒に来るなら早く準備しな」

 先に空で待っているバンナイに急かされ、ファロは近くに纏めて置いておいた私物を取りに走った。その時彼の姿がふと目に入り、あることに気づく。

(あれ、ズボンに輪っかがある)

 男性用の装束、そのズボンの裾にある二本の輪は、幹部である証。片方は折り込んであって見えなかったが、バンナイのズボンの裾にもそれがしっかりと見えたのだ。
 ファロは、冷静に思考を巡らせてみる。
 マグマ団の各行動隊には幹部が二人ずつ任命されている。一人は隊長で、もう一人はその補佐である副隊長。そして、バンナイは特殊工作部隊(第三行動隊)所属。しかしその隊長はホカゲなのだから……。
 答えは一つしかない。ファロの顔には苦笑いと、そして冷や汗が浮かんだ。

「あの人まさか……」

 第三行動隊の執務室にあるホカゲのデスクの隣。そこがいつも空席であったことを、不意に思い出した。
 前に一度聞いてみたことがあったが、そこは外勤ばかりで滅多に戻らない副隊長の席だとか……。
 この憶測が真実かどうか。それは、本人に訊いてみるまでわからない。
 


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