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第一章【火影と陽炎】 5

◆Useful Days ~陽炎のファロ~  第一章 PART5――任務は鬼ごっこ


                     


 そろそろ夕刻に差し掛かるカイナのメインストリート。雑踏からは少し遠のいた建物の側面に、ホカゲは寄り掛かっていた。
 薄暗い裏路地の中、皓皓と光るポケナビの画面には通話中の文字がある。ホカゲはその電話の相手に向かって、適当に相槌を取りつつ会話していた。最初の内はその繰り返しだった。だが、電話の向こうの声から伝えられたとある情報に、仏頂面だったホカゲの表情に少し変化が生じた。

「あのモリア海岸にいたヤツらのことか? 大した任務じゃなさそうなわりに指揮がミナヅキの野郎だから多少気になってはいたが。やっぱ付けてきてるってか? ……そうか」

 ホカゲは辺りを見回すと、空いた方の手でボールを一つ開け放った。出てきたオオスバメに一言指示を出すと、何かを思い出すように暫し瞠目する。

「……ああ、そっちについてはまた後で聞く。それより、さっきの交換条件の話に戻すぞ」

 そう言うなり、ホカゲは口角を吊り上げた。

「もう一人の"ジョーカー"に興味はねぇか?」





 ファロは大きく体を伸ばしながら欠伸した。

「にしても、まさか……ここまで難関だったなんて」

 空を見上げれば、一面橙色に染まりつつある夏雲が。それよりも下層には、綿あめを千切ったような紫雲がぽっかり浮かんでいる。
 普通の姿ならあの雲みたく見つけやすいのに。心の中で呟きながら、ファロはミックスオレを啜った。
 大通りからは外れた静かな住宅の屋根の上。昼間の事に加え更に長時間飛び続けたヒメは、疲れて目の皮をたるませている。あれから既に相当の時間が経過しているが、バンナイは一向に見つかっていなかった。
 大都市ミナモには及ばないにしても、ホウエンで三つの指に入る人口のここ、カイナだって相当広い。その中で一人の人間を探すなどまさしく雲を掴むような話だった。
 しかもただの人間ではない。標的は完璧なまでの変装と声帯模写をこなす潜伏の達人。

(いや、普通の姿でいたとしても、これじゃあ色違いのポチエナと出会うより難しいかも)

 ファロは未だに人海状態の大通りへ目をやった。
 今日はちょうど日も悪かったのだ。しばらくはホカゲから預かった探知機を頼りに行動していたものの、どうやら何かのイベントフェアが開催されているらしく、行き交う人々の数が半端ではなかった。ウソッキーを隠すなら森の中。バンナイがこの状況を利用しないはずはない。
 おかげで何度かバンナイに接近し探知機が作動した時も、皆目見当もつかないまま鳴り止んでしまうばかり。頼りにしていたローラさえも、この雑踏の中では嗅覚を発揮できずにいた。

「隊長、本当にこの場所でずっと待ってればいいんですか?」

 バンナイをこのまま追いかけ続けても埒が明かない。それなら、向こうからこちらへ近づけさせるのみ、とホカゲが突然言い出したのはほんの数分前のことだった。押して駄目なら引いてみろ。理屈はわかるが、問題はその方法だ。
 いくら才知に長けるホカゲと言えど、大勢の人混みの中では使えるカードも限られる。そんな状況で一体どうやってその結果へ導くのか。生憎と人並みの頭脳しか持たないファロにはまったく理解ができない。
 
『お前言ったよな? 俺の方がヤツの弱点や逃走法も理解してるって』

 返ってきたのは質問の答えではない。ファロはとりあえず曖昧な返事を返した。

『そんな重要な情報を知ってりゃ、当然ヤツの性分もよ~く知ってる』
「はぁ……」
『昔っからアイツは勝負事吹っかけられると断れないタチなんだよなー。特に鬼ごっことか怖いくらい本気でよ』
「だから一体なんの話を……」

 まったく脈絡の無い話にいい加減終止符を打とうとしたファロだが、そこで違和感に気付いた。ホカゲの言動が妙に白々しいというか、棒読み臭い。 
 思い返してみれば、彼のこの様子には前例がある。そして、全てに共通してロクでもない事が起きる前触れだった。

「あの、今のお話から察するに、まさか……」

 そのまさかを否定して欲しかった。だが、そんな切なる願いもインカムの向こうから悪魔の笑い声がかき消していく。
 
『ふはは、お前も随分と頭が回るようになったじゃねぇか。それじゃ、頑張ってヤツを捕まえてくれよ?』
 
 バンナイを自ら接近させるためにホカゲが取った方法。それは、バンナイ本人との直接交渉であったらしい。要するに、ファロを出汁に使って挑発なりなんなりを仕掛けたのだろう。
 また面倒な事を、とファロは深く項垂れた。
 
「ヒメがもうかなり疲れてるんですけど……」
『問題無い。ポケモン使うのはアリだが空は飛ばないルールにしてある』
「隊長と協力するならまだしも、女一人で大の男に追いつけると思ってるんですか?」
『大丈夫だ。ゴーリキーの雌雄が戦ったって♀が勝つこともあるんだぜ? まぁ、とにかくやるだけやってみろよ。一応フォローはするつもりだから』

 小馬鹿にしたような笑い声を最後に、プツリと音声もノイズも途切れた。どうやらホカゲがインカムの回線を閉じてしまったらしい。ファロは唇をきゅっと噛み締めながら、インカムを乱暴に取り外した。

「なぁにがやるだけやってみろ、よ。……ていうか」

 黙って立ち上がると、ファロはおもむろに腰に手を当てながらミックスオレを飲み干した。

「誰がゴーリキーだってのっ!」

 ファロは怒りに震えるドスの効いた声で言い放ち、右手にぐっと力を込めた。空になった缶がべこりと音を立てる。
 隣ですっかり寝こけていたヒメも、何事かと目を半分開いた。

「あ、起こしちゃったか。ごめんね、ヒメは今日はもう休んでて」

 ヒメはくぅ、と喉笛を鳴らして返事をし、そのまま再び瞼を閉じた。ファロはありがとね、と呟きながらボールをそっと近づける。
 そのままボールへ戻るのを見届けた直後、ファロの顔からは再び笑みが消えた。ホカゲは口ではああ言っていたが、既にファロが到らない事を見越して何か策を張っているに違いないだろう。ファロとバンナイを対峙させたのも、恐らくはその時間稼ぎ。部下である以上作戦の駒にされる事はまったく文句の付けようも無い。しかしだからと言って、ただホカゲの用意した額縁にはまり込むだけというのも面白くない。
 ファロは、上に着ていたカーディガンを脱いでリュックへ押し込んだ。動きやすさを考慮するなら、インナーのタンクトップだけの方がずっと合理的だ。そしてヒメの代わりに手に取っていたボールの拡張ボタンを押し、放った。

「失敗前提で行動するなんてロクでもない。バッチリ捕まえるつもりで掛かるわよ、コリン」

 コリンが凛々しく吠えたその時、背後で僅かに空気が流れるのを感じた。

「へぇ、そいつは見物だな」 
 
 頭上にふっと影が落ちる。
 聞こえてきたその声は、今し方連絡を絶ったばかりのホカゲだった。その時、ファロは気付いた。ポケットの微弱な震動。標的をバンナイに定めた探知機が、引っ切り無しに鳴動していることに。
 ファロはくすりと口元を綻ばせると、後ろは振り返らずにそっと体勢を変えた。先発に備え、弾丸を装填するかのように確実に。

「耳に聞こえるものも、真実とは限らないってことですか」

 ファロはぱちんと指を打ち鳴らした。合図を受けたコリンは六つの尾を扇の様に広げ、紫苑の炎を作り出す。
 それが放たれるとほぼ同時に、ファロ自身も動いた。

「おっと……!」

 コリンの鬼火を側転で躱したその男に一気に肉薄する。――そのつもりだったが、ファロはその姿を見るなり急停止して息を呑んだ。
 そこにいる人物は、紛れもなくホカゲだった。声だけではない。夕陽に照らされて少し赤く輝く金髪も、遠くに揺れる海の様なその目も、そしてやたらと派手なその格好までも。
 ファロは目を丸くして改めてその"ホカゲ"をまじまじと見た。

「ほ、本当にそっくりに化けるんですね。前にあたしが見たのは知らない人への変装だったから、今回はちょっとびっくりです。でも……」

 ファロは首元を指差した。 

「一つ足りませんね。ここに掛けてあったやつはどうしたんですか?」

 恐らくバンナイであろうホカゲは少し不機嫌そうな顔をして髪に手櫛を入れる。この動作もまた、ホカゲ本人がたまに見せる癖だ。

「あーさっきアイツとやり合った時に留め金が外れて落ちちまったみてぇだな」
「あはは、あくまでホカゲ隊長を演じるんですか。でも、あのサングラスに留め金ってありましたっけ?」
「……!?」
「誰もネックレスなんて言ってないのに……墓穴掘っちゃいましたね」

 あからさまに爽やかな笑顔を浮かべるファロとコリンに対し、ホカゲもどきはこれまたわざとらしく咳払いをした。

「ハハ、こいつは参ったね」

「そう。だったら――」

 ファロが右手を上げると同時に、再びコリンの尾に炎が灯る。

「――とっとと捕まってください」

 鬼火がバンナイ扮するホカゲの周囲を取り囲んだ所でファロは再び踏み込み、一気に捕縛を試みた。しかし、流石は密偵のエリート。取り囲む鬼火も難なくすり抜け、既にファロの間合いからは遠ざかっていた。

「驚いたな……。いくら変装と分かっていても、ホカゲの格好をした俺に迷いなく攻撃してくるとは」

 民家の煙突の上からこちらを見下ろすその姿は、未だホカゲ。しかし、声も口調も明らかに別人のものだった。間違いなく、自分の記憶の中に残るバンナイ本人のものだ。
 ファロは不敵な笑みを浮かべ、肩を竦めてみせた。

「このくらいで躊躇ったりしてたら、それこそ隊長に怒られちゃいます。それに、いくら偽物とは言え隊長に攻撃できるなんて滅多に無いですからね。逆に楽しいくらいです」
「はははっ流石は噂に聞く陽炎のファロだな。やっぱホカゲの話に乗って正解だったよ。でも、この格好は少し動きにくいんだ。君には申し訳ないが、元の姿に戻らせてもらおう」

 そう言うなり、ホカゲの様相をした首から上が光を発して変形し始めた。その手がアロハシャツに掛かると、煙突から軽やかに跳躍し、そのままくるりと宙返り。一体その間に何が起きたのか。着地した時にはジーンズからタンクトップまで全身黒づくめという服装になっていた。ファロ自身も早着替えには自信があったが、これは最早次元が違う。
 そして彼のトレードマークとなっている紫色の刺さる様な髪と夕陽に中々映えるオレンジのメッシュ。以前にも見たことはあるが、今またこうして近くで見るとなると、改めてその派手な色彩に目を奪われてしまう。
 脱いだ衣服は抱えているので分かるが、首から上は一体何を使って変装していたのか。その答えは、彼の右肩にちょこんと乗っかっていた。

(メタモン……。隊長の言ってたとおりね)

 足元のコリンにちらりと目をやり、少し屈んだ体勢を取るファロ。それに応えるようにコリンは頷き、助走をつけてその肩まで飛び上がった。
 その遣り取りを見届けた後、タイミングを見計らいバンナイは柏手を打つ。

「ルールはホカゲから聞いたと思うが、腕だろうと足だろうと俺の体のどこかに触れることさえできれば君の勝ち。ポケモンは有りだが空を飛ぶのは無し。それからまぁ、警察沙汰になりかねないことはなるべく避ける方向で」

 そう言って踵を返そうとしたバンナイを、ファロはおもむろに止めた。

「待って。その前に一つ教えてもらえませんか?」
「何かな?」
「なんでこんな話受けたんですか? 逃げたいならとっとと逃げればよかったじゃないですか」

 あまりにも自然に事が運び過ぎて流されつつあったが、このバンナイという男の素行は正直まったく理解できない。
 一時は危険物を行使してまで逃げたというのに、『鬼ごっこ』などという安直なゲームのためにほいほいと姿を現す。否、それ以前に、今に至るまで何時間もカイナの中で逃げ回っていたことも正直謎だった。いくらホカゲと言えど、バンナイがどのルートを使って街から出るかなど完全な予測をすることはできないだろう。
 逃げるタイミングがいくらでもあったのに、何故そうしなかったのか。ファロはそれが気になって仕方がなかったのだ。
 バンナイは、少し困ったように眉間に皺を寄せて考え込む。肩の上のメタモンも一緒になって考え込んでいるのが面白い。今この瞬間に動けば捕まえられそうだが、ファロの好奇心は残念ながらバンナイの答えに傾いた。

「なんというか……逃げなかった理由とこの話に乗った理由ってのは別物だからな。じゃあその前に、君にも一つ聞こうか。君は、自分が『生きてる』と感じるのはどんな時だ?」
「え?」

 まさか逆に質問されるとは思っていなかったので、ファロは思わず言葉に詰まった。自分が『生きてる』と感じる時、だなんて正直考えてみたこともない。 

「そんなこと言われても、って顔してるな。答えがまだ無いんであればそれもまた答えだ。俺の場合は、危険に身を投じることで得られるスリル。それを体感すること。正直、マグマ団に入った理由ってのも大元はそれだからな。俺はそもそも入団する時、自分を『生かしてくれる』任務以外は受けるつもりはない、とホカゲに言ったんだ」

 成る程、と口には出さないがファロは合点がいった。
 つまり彼が組織に義理立てする理由などほぼ無いようなものだが、ホカゲの言葉から察するに、密偵として完璧な能力を持つ彼の力が組織には必要なのだ。
 どちらにしても、簡単な任務しかやらないならともかく、難関な任務ばかりを好んで受けては結果を出している彼を切り捨てる理由というのがどこにも無いだろう。
 両者ともに互いの要求を理解した上で成り立つ利害関係。ホカゲとバンナイの場合は友人同士という補正もあるだろうが、上司が逃げる部下を追いかけて仕事をさせる、という妙な関係の根幹たるものはきっとそれだろう。

「だから、今回ホカゲが持ちかけてきたみたいな簡単なヤツの場合は、足りない分を補うためにちょっと楽しませてもらう。捕まるか捕まらないかくらいのが楽しいのに、完全に逃げたら意味がないだろ? まぁ、ホカゲの方がギブアップして結局ご破算になるのがほとんどだけど」

「あなたって……」

 ファロは、バンナイの話を切る様にぽつりと呟いた。

「見た目も変わってるけど内面もムチャクチャ変わってたんですね。ホカゲ隊長も意地悪ですけど、そんな隊長がかわいそうになるくらい意地悪だなんて……。前に任務で一緒だった時は、まさかここまで飛んでる方だとは思いませんでした」

 ファロだけでなくコリンまでもが明らかに引いてしまっているが、それに弁解をすることもなくバンナイは一頻り笑った。

「まぁあいつも俺も奇をてらうことが好き同志。言ってみれば同族みたいなものだからな。でも、俺には君も似た資質を持っているように見えるよ」
「あたしも意地悪なスリル狂だって言いたいんですか……? 言っときますけど」

 柳眉を吊り上げて捲し立てるファロ。そうじゃない、とバンナイは笑いながらそれを制した。

「でも、普通の女の子としてはちょっとどこか逸脱してるのも事実だろ? だってごく普通の女の子が、裏組織のリーダーを昏倒させた挙句、建物の壁をぶっ壊してまで旅に出るなんてことするかい?」

 ちょうど一月前の旅立ちの時。それを見ていたかのようなバンナイの言葉に、ファロの表情は引き攣った。なんで知っているか、などそんなのは愚問だろう。機会さえあればあのホカゲが話題にしないはずがない。

「そ、その話は今はいいでしょう。……あなたがスリル狂で、さっきの状況も楽しんでたんだってことはよ~くわかりました。じゃあ、あたしとの鬼ごっこに付き合った理由はなんなんですか?」
「そりゃあ単純に、陽炎のファロに興味がわいたからさ」

 ファロはやっぱり、と苦笑した。

「ホカゲ隊長がどんな売り文句を使ったかは知らないですけど、あたしはあなたを楽しませられるような器じゃありません。たぶん噛ませ犬みたいなものですよ」
「え、そいつは違うんでない?」

 急にバンナイが妙なイントネーションを交えたのもあり、思わずファロは拍子抜けした。肩に乗っかったコリンもずり落ちそうになる。
 しかし、今まではこちらを向いて話をしていたバンナイが急に踵を返したので、一人と一匹は咄嗟に身構えた。

「俺はよく特殊工作の第三行動隊ではエリートだとか言われてるけど、君は君でまた有名なんだぞ? ポケモンバトルの腕も然ることながら、そのずば抜けた身体能力。ポケモンに指示を出すだけでなく自らポケモンのフォローも買って出る異端の工作員ってな。ホカゲは俺のことをよく"ジョーカー"――つまり切り札と表現するが、どうやら君もそれらしい」

 バンナイは一度首だけ振り返ると、意味あり気ににこりと笑む。

「そのジョーカーとジョーカーが一騎打ちしたらどうなるのか。なかなか面白そうじゃないか」

 そう言い終えたその瞬間、唐突に"鬼ごっこ"開始の火蓋は切って落とされた。
 
 

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