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第一章【火影と陽炎】 3

◆Useful Days ~陽炎のファロ~  第一章 PART3――知将への挑戦状


                     


 ファロは、ポケモンを捕獲するのが割りと好きである。
 飛び出してくる野生のポケモン。それに相対するには自分の手持ちの何が相応しいかを考える瞬間。生かさず倒さずの絶妙な技の順序と選択。
 そして、的確なタイミングでのボール投擲と、中のポケモンが鎮まるまでの無音の勝負。
 このスリル溢れる捕獲の過程は、彼女の性格がもたらす好みに見事なまでに当て嵌まっていた。
 そのため、今まで工作部隊での鍛錬だけでなく積極的に行動部隊のポケモン捕獲に紛れ込んだりもしている。
 しかしその時の獲物は、マグマ団団員として正式に認められた者に配給するためのポチエナばかり。
 おかげでポチエナの捕獲のみでなら小一時間くらい語れてしまう程のノウハウが身に付いてしまったのは言うまでも無い。

 だが、そんな彼女は『人間の』捕獲に関してはまったく経験がない。
 『鬼ごっこ』等の遊びでは当然経験があるが、幾らなんでも今回の様な例で鬼ごっこは無いだろう。

「隊長、いい加減どういうことなのか説明してくれませんか?」
「だーかーら、バンナイの捕獲だ。これ以上簡潔に説明する自信はねーな」
「んな無茶苦茶な……」

 ファロの気ままな夏の昼は、突然の来客で中断せざるを得なくなった。それも経緯を振り返れば過半の原因はファロ自身にある。
 今さらながら、彼女はホカゲが揺りかごを無視して帰ろうとした時に何故引き止めてしまったのかと後悔していた。
 真夏の燦燦とした太陽の下、旅の足は今空にある。

「お、あの一山越えた先だな」

 ホカゲは、湾上に区切られた陸地から半島の様に出て見える山を親指で指した。
 元いた場所はカイナとそう離れていない海沿いの町だったので、ヒメとオオスバメで飛び立ってから恐らく一時間すら経っていない。
 飛び立つ前に、既に赤い装束から元の涼しい夏仕様の私服に着替えた。しかし、それでもファロは段々蒸し暑さを感じてきた。
 それは太陽に近いためか。それとも、触り心地はいいが夏には少し不向きなヒメの綿状羽毛に座っているためか。

「やっぱこの時期空飛んでる方が断然気持ちいいねぇ」

 明らかに涼しげなホカゲの表情を見ると、やはり後者の様である。
 しかし彼女にとっては最早慣れた事であるし、何より彼女自身を背に乗せ、且つ幼児一人分くらいの揺りかごを足にぶら下げ飛んでくれるヒメに高望みは出来ない。
 ファロは額に少し浮かんだ汗を拭うと、気分良く鼻歌など歌っているホカゲに再び呼びかけた。

「隊長! ホントになんであたしがバンナイさんを捕まえなきゃならないんですか!? さっぱり意味が……」
「アーイーツーは!」

 ファロの文句を掻き消してホカゲは声を荒げた。なんだか知らないが、先程とは打って変わって少々苛ついている様にも見える。

「難易度イージーな任務だとやる気起こさねー上に、捕まえようとすると逃げやがる! まさしくポケモンだあんなヤツ! ファロ、ボールで捕まえちまえ……!」

 オオスバメがびくりとして心配そうに背中の主を振り返った。その様子を、ファロはただ唖然として見ていた。
 これ以上何を聞いても無駄だ。彼女はそう判断し、自分の記憶にある限りバンナイの情報を漁ってみる。
 ――『千の顔を持つ男』の異名で知られる特殊工作員、バンナイ。自分と同じホカゲの部隊で、その中でも名の知れたエリートだった。と思う。
 彼女が以前から聞いていた限りではホカゲと例の彼は年齢も近く、ホカゲが現在の地位になる前から親しいと言う事だった。
 しかしだからと言って、今現在ホカゲは外回り任務を担う幹部の一人。つまり関係は上司と部下であり、そこまで軽率な態度を普通は取らない。
 それに、何よりもホカゲの発言を訝しく思わせるのが以前バンナイとファロが会い見えた任務の際の記憶。

「……いや、でもあの人前に会った時はとてもそんな風に見えませんでしたよ? ホカゲ隊長が指揮するとおり忠実に動いていたじゃないですか」

 隠密な任務だと言うのに去り際が派手だったのはあまり誉められないが、少なくともホカゲが言う程不謹慎な男には見えなかったはずである。
 しかし、ホカゲは首を横に振って腕を組んだ。

「だから、あの時はそこそこ難易度の高い任務だったから素直に受けたんだろ。だが今回の記録を分捕る任務はあいつじゃなくても正直うちの小隊一つ使えばできないモンでもない」

 じゃあ、とファロは呟くが、その先はホカゲが話を続けた事により遮られた。

「だーが今回も重要っちゃ重要でなぁ。ホムラが言うには、後からアクアが乗り込んで同じ情報を手に入れちまう前にバックアップだけこっちがもらってデリートしちまった方が良いってんだよ」
「そんなに大事なデータなんだ……。それは小隊じゃ不可能なんですか?」
「バンナイが一人で入れば、ほぼ確実且つ他にもいろいろ副産物が舞い込んでくるはずだ。例えばここ近日の報道陣やケーサツ連中の動きとか」
「なるほど……」

 ホカゲはつまり、何の変哲も無いような任務であるが、敢えてここで一石二鳥を得ようと言うのだ。標的のデータと、ここ近日における世間の動向。
 何故そこまでその『副産物』にこだわるか。その理由は、まだ広場にいた時にホカゲが下した警告からも頷ける。
 簡単な任務であるからこそ出来る余裕を最大限に使い、少なからずとも利益を得ようとする。
 こうした姿勢は若いながらも幹部に選ばれ、聡明な幻影のホカゲその人だからこそ成しえる業であろう。ファロは実に感心した。
 しかし、それでも彼女はただ一つ不思議でならなかった。

「んー。まぁ、同僚だった人がいきなり上司になったからってすぐに馴染めない、とか任務が気に入らないとか、そう言うのはあたしにもわかります。それに確証なく先入観で言うと、あのバンナイさんって人そんな感じに見えなくもないし」
「だろ? リーダー前にしても全然引き締まる素振りも見せない図太さが成しえる業だ」

 複雑な面持ちのファロを省みる事も無く、ホカゲは鼻で笑った。

「そこまで良く知ってるなら、彼の弱点及びその逃走方とかも隊長の方が理解してるんじゃないですか?」
「何が言いたい?」
「あたしよりも隊長の方が簡単に捕まえられるでしょう? ほら、お得意の催眠攻撃で」

 聡明叡智を買われ、幹部にまで昇進したホカゲの専売特許。それが、彼オリジナルの幻影術である。
 以前ファロはその仕組みを尋ねた事があり、それによると何やらまずはマグマッグが体から発する炎を不規則に揺らめかせ、催眠作用を引き起こす。
 そしてそれを目が錯覚として捉え、そこに全身を包み込む熱が加わる事で対象に幻影を見せる。これでさえ大きく裂いた要約だ。
 それ以外にも様々なメカニズムの根本を説明されたが、生憎ファロにはまったく理解ができなかった。
 しかし、ファロ自身以前ホカゲが任務時にそれを施行した際にうっかり炎に見入って幻影に掛かってしまった事があり、効果だけはその身を持って知っていた。
 その時はまだ軽い術しか使っていなかったとホカゲは語るが、それだけでも十分に強い催眠効果があったのは事実である。しかし、強力な分欠点というのは付き物で……。

「あのな、それが有効なのは対象が俺の目の前からいなくならない場合のみだ」

 ホカゲはこんな事言わせるなよと言わんばかりに眉間に皺を寄せた。
 そう、その欠点と言うのは、対象がその場から容易に逃げられる状況であれば簡単に避わされてしまう事。
 施術には、条件として敵をなるべく身動きの取れない様な状況へ追い詰める事と、幻影の炎を守るため雨風には当たらない環境でなければならない。
 一言で言うならば、屋内向きなのである。

「確かに俺はヤツの手の内をほぼ理解しちゃいるが、ヤツもまた然り。絶対に建物内に逃げ込むようなヘマはしねぇ。それに、まず見つけるのも大変だし、もし見つかったって普通に追っかけても俺の身体能力じゃ限界がある。そこでお前の出番だ、陽炎のファロ」

 ファロのそれよりも深いホカゲの藍色の瞳が、薄く眇められた。

「スバッ!」

 その時オオスバメが一声鳴いた。それに答えてホカゲは体勢を直し、しっかりとオオスバメの翼の付け根辺りを掴んだ。
 どうやら降下の合図であったらしい。気がつくと、眼下には大きな港町が広がっていた。

「行こうか」

 ファロはふわりと綿毛を撫でた。ヒメは大きく頷くと羽ばたきの軌道を少し下に下げ、先導される様にオオスバメの後を追った。





 カイナはミナモに次ぐ臨海工業地、とはよく言ったもので、港から繁華街へと続く道の脇にはびっしりと造船所やその系譜の工場が立ち並んでいた。それを通り過ぎれば、今度は全国的にも有名なカイナ市場だ。
 いつ来ても忙しない場所ではあるが、今はましてや真昼間の現時間帯。忙しなく抑揚のついた商売文句が飛び交っている。
 そこかしこに散見する露天商は、見事な黒山の人だかりによって屋根は見えても商品は見えない。
 
「何キョロキョロしてんだよ。鬱陶しい」 

 ホカゲは、落ち着きなく前後左右に視線をちらつかせているファロに悪態を吐いた。

「鬱陶しいって……。あなたが言ったんでしょう。とりあえず目に入った人間は全員バンナイだと思えって」

「あれは別に闇雲に探せって意味で言ったんじゃねぇよ。……ったく、この俺の部下なんだからもうちっと頭使えよな」

「そんなこと言ったって、こんな少ない情報あてがわれたくらいじゃ考えるに考えれません。あたしはホカゲ隊長みたいな天才脳なんて持ってませんからねー」

 ファロはわざとらしく抑揚をつけながら言い捨てると、突如進行方向を変えた。止めようと声を荒げるホカゲの声に一度だけ振り向いたが、ファロは自分の左肩をとんとんと指で叩いた後、仏頂面のまま人混みへ割り入っていった。
 何のことか、と頭を捻って早一秒。ホカゲは、揺りかごを預かってもらうためカイナのポケモンセンターに降り立ってからすぐのことを思い出した。着ているアロハシャツの柄をファロにからかわれている時、そういえば後ろから軽く左肩に触れられた覚えがある。探ってみれば案の定。キマワリの絵が入った花柄の可愛らしい便箋が、テープでくっつけられていた。

"発信機を仕掛けられたお返しです。
 ちょっと市場で買っていきたい物があるので先に行っててください。
 
 それから、昨日警察がこの辺りでアクアについての調査をしていたので、ちょっと気を付けた方がいいと思います。
 市場を出て左の道へずっと行くと、あまり人目につかなそうな古い建物があるのでそこでどうですか? 昨日のどしゃぶりでちょっとカビ臭くなってそうですけど、まぁそこはガマンで!"

 そう走り書きの様な文字で書かれていた。
 ホカゲは便箋を持つ手を震わせ、市場の公衆トイレの方へふらりと逸れる。そして便箋をそのまま壁に貼り付けた。"叩きつけた"の方が正しいくらいの勢いで。

「くそ、キマワリ燃やしてぇッ!」

 怒鳴ると同時にちょうどトイレから出てきた男が、ぎょっと目を剥いた。ホカゲはそちらにちらりと一瞥くれたが、何も言わず丸めた便箋を背後へ放り投げてさっさとその場から立ち去った。便箋がくずカゴにクリーンシュートしたことを知るのは、果たして通りすがりの男のみか否か。
 大の男にこんなファンシーなもん貼り付けんじゃねえ。上司に恥かかすとはどういう了見だ。これから一応任務だってのにふざけんなてめえ。他にも色々な憤りが喉ぼとけまでせり上がったが、結局次にホカゲの口から出たのは怒号ではなく溜息だった。
 
「イタズラとはいえ、まさかこの俺を出し抜くたぁな……」

 おもしれぇ。そう言うと、くつくつと喉を鳴らしながらまるで悪戯を楽しむ子供の様な笑みを浮かべた。
 大通りへの分岐を通り過ぎ、やがて市場の入口にあった物と同じアーチが見えた。そこから入って来る者もいるが、こちらから見れば終点だ。ホカゲはそのまま市場を出ると、すぐ左を向いた。ファロのメールにあった通りなら、この先にあまり人目に付かない倉庫とやらがあるはず。
 別に警察沙汰になりかねないことをやらかす任務でもないため不毛な用意だが、以前"如何なる時も組織に関わることなら最大の警戒を"と口酸っぱく教えたのは自分である以上笑うわけにはいかない。
 磯の香りを含む空気が充満した道をしばらく進むと、一つだけ随分風化し古びた建物が姿を現した。
 あれか、と呟き、首筋に垂れた汗を拭う。今日は決して猛暑とは言えないが、さすがすぐそこが海なだけはある。日光が通らず、湿気と潮みをふんだんに蓄えた空間を数分歩くだけで、開襟のシャツでも不快に感じるほどに肌がべたついていた。
 それにしても、こう海に関連する物への嫌悪感を湧き立たせていると、どうも先のアクア団に帰結してしまい虫唾が走る。苛立ちを払拭するように、ホカゲはドアを蹴り開けた。

「やっぱあっちぃな……気温30℃湿度約80パーか。風はあっても、ここまで密閉されてちゃ……でも大してカビ臭くはねーな」

 その時、不意に吹いてきた風が髪を撫でる。ポケナビを閉じて辺りを見回すと、右側の壁にある大きなサッシ窓が拳骨一つ分くらい開いていた。
 中央壁沿いに見える階段はすでにオイル缶などが積まれ塞がっているが、想像していたよりは中々広さがあり、しっかりとした作りになっているようだ。酸化してもう使えそうにないが、プレスやベルトコンベアなどがある辺り倉庫というよりは恐らく廃棄された造船工場か何かなのだろう。
 市場の騒音が離れ、辺りに人の気配もない。確かに、密に何かを企むには絶好の場所だ。再びポケナビを開き、器用に指を滑らせる。その画面には、青いグラフの様なものが浮かんでいた。

「ちぃと電波が途切れるやがるな……と。ぅし、何とか使えるな」

 仕上げと言わんばかりにぽちりと中心の赤いボタンを押す。その瞬間、画面のグラフの中心が波打つように震え、電子音が鳴り始めた。

「はぁ……?」

 グラフが波打ったのは、ポケナビにインストールされている探知機が正常に起動した証。しかし、けたたましく鳴り出したこのアラームは標的―――つまり今は『バンナイ』が至近距離に踏み込むまでは鳴らない仕組みになっている。完全に想定外の事に、ホカゲは思わず眉間にしわを寄せた。まさかな、とそう呟き踵を返そうとしたその時……
 
「こんな暗くて静かなところで女の子と逢引とは、ホカゲもやるじゃないか」

 未だ鳴り続けるアラームに割り入って背後から聞こえた別の声。男という事に間違いは無いが、声の主はまったく見当もつかなかった。だが自分の名前を言い当て、且つこんな馴れ馴れしい挨拶をしてくる人間は、今この状況において一人しか思い浮かばない。
 絶対の確信を持ち、ホカゲはいつの間に手に取ったのかボールの拡張ボタンを押すと、それに向かって何かを呟いた。
 背後の相手に対し、肉眼での確認は一瞬の隙というリスクを伴う。だが振り返らなくとも、確実に背後――開けっ放しのドアの辺りに、何かの気配があることくらいはわかる。

「ナメられたもんだな」

 アラームが止んだ。
 次の瞬間、放たれたボールから男を目がけ、弾丸のようにオオスバメが突き抜けた。しかし、男はそれを見切っていたかのように軽やかな動作で避わし間合いを取った。オオスバメは追撃することはなく、突進の勢いを生かして疾風を放つ。男が風から身を庇い目を瞑った瞬間――轟音と共に、内開きのドアは閉まった。

「……」

 日の光が遮断されたために一気に薄暗さが増す。締め切られたドアの前にぼんやりと立ち尽くすその人影を見て、ホカゲは思わず言葉を失い苦笑いした。自分と同じくらいの年頃の青年。しかもその青年には、確かな見覚えがあったのだ。それも遡ることついさっき、カイナ市場の公衆トイレで。

「こりゃ、"目に入った人間は全員バンナイだと思え"って……ファロ流解釈でもあながち間違いじゃねーな。……まぁ、お前は『違う』みたいだけど」

 ホカゲはボールを空中に放りながら挑発するように含み笑いをした。すると、不自然にずっと笑顔を浮かべていた青年の顔に焦りが生まれる。どうやら彼は気付いたらしい。ホカゲがオオスバメを放ち、真っ先に逃げ道を塞いだ理由を。そして、そのオオスバメの姿が屋内のどこにも無いことを。
 外で何かの物音がしたのはちょうどその時だった。

「ビンゴ」

 ホカゲはにやりと歯を剥きだした。その瞬間、拳骨一つ分くらい開いていたサッシ窓が勢いよく全開し、二つの影が飛び込んできた。まるでカーチェイスの様にジグザグを描きながら飛来してきた何かは、ちょうどベルトコンベアを挟み対極の位置に止まる。
 追跡者はオオスバメ。そして逃亡者は、ゴルバットとその足にしっかりと腕を掴まれている人物――その容姿は、今まさにホカゲと対峙している青年とまったく同じであった。
 程なくしてオオスバメの『ツバメ返し』がゴルバットに直撃し、拍子に掴まれていた青年は宙へ放り出された。が、青年はそのまま体をくるりと反転させると、どこから取り出したのか鞭のような道具を壁の突起に引っ掛け、そのまま遠心力でベルトコンベアの天蓋の上へ着地した。

「こんな状況で俺にケンカ吹っかけるたぁ、随分判断力がにぶったな。バンナイ」

「いやぁ偶然見かけたから、ちょっとあいさつしてすぐ逃げるつもりだったさ。けどまさか一瞬でメタモンの変身を見破って、おまけにこちらの位置まで特定するとは恐れ入ったよ」

 その声は、明らかに先程聞こえたものとは別人だ。青年は自分の首の辺りに手を掛けると力を込め、まるで皮を脱ぎ棄てるようにマスクを外す。そこに現れたのは、まったく別の人間の顔だった。やたらと派手さが際立つ紫色の頭髪。その所々に入る橙色のメッシュ。そして右眼の下に描かれた、睫毛の様な黄緑色のタトゥー。まったく落ち着く所のない色の組み合わせは、一度見たら忘れられない異彩を際限なく放っている。
 だがこれこそが彼の真の姿――マグマ団第三行動隊諜報員、『千の顔を持つ男』と呼ばれるバンナイの真実の姿である。
 バンナイが合図を送ると、オオスバメと睨み合っていたゴルバットは入口に立つ青年の肩に掴まった。すると青年の体は光を伴って変形し始め、再び形を定めた時には菫色の小さな姿になっていた。そのまま所有者の元へ戻っていく二匹をホカゲは特に驚く事もなく見届け、また別のボールを手に取る。

「俺を欺こうなんざ千年早ぇよ。『目に見えるものだけが真実たぁ限らねぇ』がお前の口グセだが、お前はもうちっと目に見える真実に気を使うべきじゃねぇのか? 例えば……」

 ホカゲがちらりと目をやった方を、バンナイもつられるようにして見る。

「そこのちゃんと閉まってねぇ窓とかよ」

 何者かが侵入、もしくは建物内に人が出入りした。少なくともホカゲがそう確信に至ったのは、このサッシ窓が半開きになっていることであった。

「こういうところの詰めが甘い。お前さっきの口ぶりから察するにファロのメール見たんだろ?」

 ホカゲがそう言い終えた時には、バンナイは得意気にくしゃくしゃになった便箋を掲げていた。そんな物を拾ってくるな、と檄を飛ばしてやりたかったが、生憎とこのバンナイという人物の"好奇心旺盛"という特性上、目の前に丸まった手紙なんて物が落ちていれば放っとくわけがない。もうかれこれ6年近くの知己である経験から、ホカゲは言葉を飲み込むことにした。

「……ファロの手紙によると昨日のカイナの天気は雨。しかも土砂降り。ナビで調べた昨日の降水量と風向きから察するに、その海側へ向いた窓がずっと開いてたんなら雨が相当入り込んでる。窓際はともかく、床や機材の影にはまだ水気が残ってるはずだ。ほのかなカビの香りと一緒にな。それに……」

 引っ切り無しに吹いてくる潮風のおかげで髪が顔に纏わりつく。ホカゲは片手でそれを払いながら続けた。
 
「今日も昨日と同じく海風が強い。そんだけ窓が開いて時間が経ってりゃ、温度や湿度もこんなにはならねぇよ。イコール、ついさっき誰かが開けたってことだ」

 実際ホカゲが建物に入って来てからはまだ5分くらいしか経っていないというのに。バンナイは苦笑いを浮かべつつ、"やっぱりこいつの頭の回転は異常だ"、と心の中で呟いた。

「後はてめぇのいつもの行動パターンから考えるに、不用意に幻覚催眠の範囲内に来るはずがない。まぁ屋外にいればなんの危険もないが、いくら古くたって造船所は耐震・防音がきっちりしてるしな。壁に密接するくらい近くにいないと、いくら高性能とはいえメタに持たせた遠隔無線マイクが使えなかったはずだ。ま、大方これが窓が開けてあった本当の理由ってとこか」

 ご明察、とバンナイはあくまで挑発的な姿勢を崩さず言った。

「まったくサスペンスドラマの主人公かおまえは。一瞬でも判断を鈍らせてくれれば、その隙にトンズラできたのにな」

 バンナイの合図で、メタモンは彼の肩に、ゴルバットは彼の腕に乗った。

「おっと」

 すかさずホカゲの手からボールが放たれる。現れたのは彼の切り札であるマグマッグ。

「文字通り、飛んで火に入る夏の虫ってな。今回は俺の勝ちだ。諦めて従うんだな」

「……」

 静寂が流れる。勝ち誇った笑みを浮かべるホカゲに対し、バンナイはぺろりと舌を出した。



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